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憲法判例 6
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司 法
司法権の限界
板まんだら事件
国家試験の合格、不合格の判定が司法審査の対象とならないとされた事例
村議会決議無効確認事件
司法権と立法権
警察法改正無効事件
部分社会
村議会出席停止取消事件
富山大学単位不認定事件
日本共産党袴田事件
統治行為
苫米地事件
司法権の独立
大津事件(司法権の独立)
浦和事件(司法権の独立と国政調査権)
地方自治
普通地方公共団体の条例と河川法との関係(上乗せ条例)
徳島市公安条例違反事件(道路交通法と公安条例)
司法/司法権の限界
◆昭和56年4月7日 昭和51(オ)749 寄附金返還 最高裁判所第三小法廷判決 (民集第35巻3号443頁)
【判示事項】
信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断が訴訟の帰すうを左右する前提問題となつている具体的権利義務ないし法律関係をめぐる紛争と裁判所法三条にいう法律上の争訟
【裁判要旨】
訴訟が具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題にとどまるものとされていても、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となつている場合には、該訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらない。
【参照法条】 裁判所法3条
裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和三九年(行ツ)第六一号同四一年二月八日第三小法廷判決・民集二〇巻二号一九六頁参照)。したがつて、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつても、法令の適用により解決するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、というべきである。
これを本件についてみるのに、錯誤による贈与の無効を原因とする本件不当利得返還請求訴訟において被上告人らが主張する錯誤の内容は、(1) 上告人は、戒壇の本尊を安置するための正本堂建立の建設費用に充てると称して本件寄付金を募金したのであるが、上告人が正本堂に安置した本尊のいわゆる「板まんだら」は、日蓮正宗において「日蓮が弘安二年一〇月一二日に建立した本尊」と定められた本尊ではないことが本件寄付の後に判明した、(2) 上告人は、募金時には、正本堂完成時が広宣流布の時にあたり正本堂は事の戒壇になると称していたが、正本堂が完成すると、正本堂はまだ三大秘法抄、一期弘法抄の戒壇の完結ではなく広宣流布はまだ達成されていないと言明した、というのである。
要素の錯誤があつたか否かについての判断に際しては、右(1)の点については信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断が、また、右(2)の点についても「戒壇の完結」、「広宣流布の達成」等宗教上の教義に関する判断が、それぞれ必要であり、いずれもことがらの性質上、法令を適用することによつては解決することのできない問題である。
本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となつていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。
国家試験の合格、不合格の判定が司法審査の対象とならないとされた事例
◆昭和41年02月08日 昭和39(行ツ)61 国家試験合格変更又は損害賠償請求 最高裁判所第三小法廷 判決 民集第20巻2号196頁
【判示事項】
技術士国家試験の合格不合格の判定に対する司法審査の許否
【裁判要旨】
技術士国家試験の合格、不合格の判定は、司法審査の対象とならない。
【参照法条】
裁判所法3条,技術士法4条,技術士法8条
論旨はるゝ陳述するが、その趣旨は、上告人が本件試験の結果の判定の誤りであることを十分主張立証しており、被上告人が不当に上告人の合格を拒否しているのにかかわらず、原判決がこれを司法審査に適さない事項として救済を認めないことは、違法であり、上告人の幸福を追求する権利を尊重しないもので、憲法一三条の趣旨にも反するというにあるものと認められる。 しかし、司法権の固有の内容として裁判所が審判しうる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に限られ、いわゆる法律上の争訟とは、「法令を適用することによつて解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争をいう」ものと解される(昭和二九年二月一一日第一小法廷判決、民集八巻二号四一九頁参照)。従つて、法令の適用によつて解決するに適さない単なる政治的または経済的問題や技術上または学術上に関する争は、裁判所の裁判を受けうべき事柄ではないのである。国家試験における合格、不合格の判定も学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであつて、その判断の当否を審査し具体的に法令を適用して、その争を解決調整できるものとはいえない。
◆昭和29年02月11日 昭和26(オ)584 村議会決議無効確認請求 最高裁判所第一小法廷 判決 民集第8巻2号419頁
【判示事項】
村議会の予算議決の無効確認を求める訴の適否。
【裁判要旨】
村議会の予算議決の無効確認を求める訴は不敵法である。
【参照法条】
裁判所法3条,行政事件訴訟特例法1条,地方自治法96条1項本文2号
裁判所法三条によれば「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁 判し、その他法律において特に定める権限を有する」ものであり、ここに「法律上の争訟」とは法令を適用することによつて解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争をいうのである。本件村議会の予算議決は、単にそれだけでは村住民の具体的な権利義務に直接関係なく、村長において、右議決に基き、課税その他の行政処分を行うに至つてはじめて、これに直接関係を生ずるに至るのであるから、本件村議会の予算議決があつたというだけでは、未だ行政処分はないのであり具体的な権利義務に関する争訟があるとはいえず、従つて裁判所法三条の「法律上の争訟」に当るということはできない。また、本件のごとき村議会の議決に対し単にその効力を争う趣旨の出訴を認めた特別の法律の規定も存在しない。それ故、本件村議会の予算議決に対する出訴は不適法であつて、これと同趣旨の原判決は正当であり、これと異る論旨は採用できない。
その他の論旨はいずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和廿五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
司法/司法権と立法権
◆昭和37年03月07日事件番号 昭和31(オ)61 地方自治法に基く警察予算支出禁止 最高裁判所大法廷 判決 民集第16巻3号445頁
【判示事項】
法令審査権と国会の両院における法律制定の議事手続。
【裁判要旨】
裁判所の法令審査権は、国会の両院における法律制定の議事手続の適否には及ばないと解すべきである。
【参照法条】
地方自治法243条の2,憲法59条,憲法81条,憲法92条,旧警察法(昭和22年法律196号)40条,警察法(昭和29年法律162号)36条
上告人が右警察法を無効と主張する理由は、同法を議決した参議院の議決は無効であつて同法は法律としての効力を生ぜず、また、同法は、その内容において、憲法九二条にいう地方自治の本旨に反し無効であるというのである。しかしながら、同法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によつて公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない。従つて所論のような理由によつて同法を無効とすることはできない。
司法/部分社会
◆昭和35年10月19日 昭和34(オ)10 懲罰決議等取消請求 最高裁判所大法廷 判決 民集第14巻12号2633頁
【判示事項】
地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰議決と裁判権。
【裁判要旨】
地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰議決の適否は裁判権の外にある。
【参照法条】
裁判所法3条,地方自治法134条,地方自治法135条
思うに、司法裁判権が、憲法又は他の法律によつてその権限に属するものとされているものの外、一切の法律上の争訟に及ぶことは、裁判所法三条の明定するところであるが、ここに一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争といら意味ではない。一口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。けだし、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、 裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。(尤も昭和三五年三月九日大法廷判決民集一四巻三号三五五頁以下は議員の除名処分を司法裁判の権限内の事項としているが、右は議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らないからであつて、本件における議員の出席停止の如く議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものとは自ら趣を異にしているのである。従つて、前者を司法裁判権に服させても、後者については別途に考慮し、これを司法裁判権の対象から除き、当該自治団体の自治的措置に委ねるを適当とするのである。)
◆昭和52年03月15日 昭和46(行ツ)52 単位不認定等違法確認請求 最高裁判所第三小法廷 判決 民集第31巻2号234頁
【判示事項】
大学における授業科目の単位授与(認定)行為と司法審査
【裁判要旨】
大学における授業科目の単位授与(認定)行為は、一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、司法審査の対象にならない。
【参照法条】
裁判所法3条1項,大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)31条
裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるが(裁判所法三条一項)、ここにいう一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争を意味するものではない。すなわち、ひと口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上裁判所の司法審査の対象外におくのを適当とするものもあるのであつて、例えば、一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である(当裁判所昭和三四年(オ)第一〇号昭和三五年一〇月一九日大法廷判決・民集一四巻一二号二六三三頁参照)。そして、大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究とを目的とする教育研究施設であつて、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有し、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているのであるから、このような特殊な部分社会である大学における法律上の係争のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象になるものではなく、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は右司法審査の対象から除かれるべきものであることは、叙上説示の点に照らし、明らかというべきである。
大学の・・・単位の授与(認定)という行為は、学生が当該授業科目を履修し試験に合格したことを確認する教育上の措置であり、卒業の要件をなすものではあるが、当然に一般市民法秩序と直接の関係を有するものでないことは明らかである。それゆえ、単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであつて、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。
◆昭和63年12月20日 最高裁判決 判時1307.113
日本共産党が、除名した袴田里見に対し党所有の家屋の明け渡しを求めた裁判で、党員に対する除名処分に司法審査が及ぶかが争点となった。
長年日本共産党の党員だった袴田里見が、党規律違反のため除名処分を受けた。その際、党所有の家屋に居住していたため、党が家屋の明け渡しを求めて提訴。原審が請求を認容したため、被告側が上告。
政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。
司法・統治行為
◆昭和35年06月08日 昭和30(オ)96 衆議院議員資格並びに歳費請求 最高裁判所大法廷 判決 民集第14巻7号1206頁
【判示事項】
衆議院解散の効力に関する裁判所の審査権限。
【裁判要旨】
衆議院解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にある。
【参照法条】
憲法76条,憲法81条,憲法7条,憲法69条,裁判所法3条1項
本訴は、昭和二七年八月二八日行われた衆議院の解散は憲法に違反し無効であるとの主張にもとづき、 当時衆議院議員であつた上告人は右解散によつては衆議院議員たる身分を失わないとして、同年九月分から上告人の衆議院議員の任期が満了した昭和二八年一月分迄の上告人の衆議院議員としての歳費合計二八万五千円の支払を求めるというのである。すなわち本訴は、右衆議院の解散の法律上無効なることを前提として、衆議院議員の歳費の支払を請求する訴訟である。
そして、上告論旨第一点は、原判決が本件解散は憲法七条に依拠して行われたもので、憲法に適合するものであるとしたのは衆議院の解散に関する憲法の解釈を誤つたものであるとし、同第二、三点は、原判決が本件解散について、内閣の助言と承認が適法に為されたと判断した点に対し、採証の法則違背、審理不尽等の違法ありと主張するものである。右論旨にもあきらかであるごとく、本件解散無効に関する主要の争点は、本件解散は憲法六九条に該当する場合でないのに単に憲法七条に依拠して行われたが故に無効であるかどうか、本件解散に関しては憲法七条所定の内閣の助言と承認が適法に為されたかどうかの点にあることはあきらかである。
しかし、現実に行われた衆議院の解散が、その依拠する憲法の条章について適用を誤つたが故に、法律上無効であるかどうか、これを行うにつき憲法上必要とせられる内閣の助言と承認に瑕疵があつたが故に無効であるかどうかのごときことは裁判所の審査権に服しないものと解すべきである。
日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとし(憲法七六条一項)、また裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(裁判所法三条一項)、これによつて、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せずいわゆる概括的に司法裁判所の管轄に属するものとせられ、さらに憲法は一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限を裁判所に与えた(憲法八一条)結果、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めてすべて裁判所の裁判権に服することとなつたのである。
しかし、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきものである。
衆議院の解散は、衆議院議員をしてその意に反して資格を喪失せしめ、国家最高の機関たる国会の主要な一翼をなす衆議院の機能を一時的とは言え閉止するものであり、さらにこれにつづく総選挙を通じて、新な衆議院、さらに新な内閣成立の機縁を為すものであつて、その国法上の意義は重大であるのみならず、解散は、多くは内閣がその重要な政策、ひいては自己の存続に関して国民の総意を問わんとする場合に行われるものであつてその政治上の意義もまた極めて重大である。すなわち衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であつて、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきことは既に前段説示するところによつてあきらかである。そして、この理は、本件のごとく、当該衆議院の解散が訴訟の前提問題として主張されている場合においても同様であつて、ひとしく裁判所の審査権の外にありといわなければならない。
本件の解散が憲法七条に依拠して行われたことは本件において争いのないところであり、政府の見解は、憲法七条によつて、?すなわち憲法六九条に該当する場合でなくとも、?憲法上有効に衆議院の解散を行い得るものであり、本件解散は右憲法七条に依拠し、かつ、内閣の助言と承認により適法に行われたものであるとするにあることはあきらかであつて、裁判所としては、この政府の見解を否定して、本件解散を憲法上無効なものとすることはできないのである。
司法・司法権の独立
「司法権の独立」といえば必ずといっていいほど名前が出てくる有名な事件である。
民法の「権利の濫用」といえば、「宇奈月温泉事件」というようなものか。
試験に出てくることはあるまいが、法律を勉強している人だったら、名前ぐらいは知っておくべきだろう。
【事件のあらまし】
明治24年(1891年)、日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが、滋賀県大津市で警備中の巡査・津田三蔵に突然斬りかかられ負傷した事件。
当時の日本は、開国後30年ほどしか経っていない小国であり、大国ロシア帝国の皇位継承者を傷つけたということに震撼した日本政府は、裁判所に対して刑法116条「天皇、三后(太皇太后、皇太后、皇后)、皇太子ニ対シ危害ヲ加へ、又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」を適用して、津田巡査を死刑にするように圧力をかけた。
これに対し、大審院院長・児島惟謙(これかた)(今で言えば最高裁長官)が、116条は、国家統合の中心たる皇室に対するものとして特別に設けられているのであり、外国の皇族に適用することは不当である、外国の王族に危害を加えた場合の国内法はなく、一般人に対する謀殺未遂をそのまま適用すれば、最高でも無期懲役である、として政府に抵抗した。結果、津田巡査は無期徒刑となり、児島のこの行動が司法権の独立を守ったとされた。
ただし、「政府の干渉は排除されたが、児島が事件担当裁判官を説得した点がかなり問題とされた。しかし、強大な政府の圧力から司法部全体の独立を守るという見地から児島は説得したのであるから、緊急避難的性格をもつもので違法性は阻却されると考えることもできる。」(芦部「憲法」328頁)
大津事件自体は高校の歴史教科書でも掲載されているが、畠山勇子なる女性の名前が掲載されていることはまずないであろう。
大津事件及び、畠山勇子については、下記をクリック。
【補足説明】
公正な裁判の実現のためには、司法権がいかなる外部からの圧力・干渉も受けることがないことが必用であり、これを「司法権の独立の原則」という。そして、この司法権の独立の原則には、二つの意味があるとされる。ひとつは、司法権が立法権・行政権から独立していること(広義の司法権の独立)であり、もうひとつは、裁判官が裁判を行うにあたって独立して職権を行使することで、裁判官の職権の独立とも呼ばれる。裁判官の「職権の独立こそ、司法権独立の核心と行ってよい」(芦部「憲法」327頁)のであり、司法内部における圧力・干渉も許されないことになる。
司法権の独立が問題となった事件としては、「浦和事件」「吹田黙祷事件」「平賀書簡事件」などがあげられる。
1949年。裁判所の下した量刑に対しての参議院法務委員会の国政調査が、司法権の独立を害しないかが問題となった事件。
【事件のあらまし】
夫が生業を顧みないために前途を悲観して親子心中をはかり、子供を殺したが自分は死にきれず自首した母親(浦和充子)に対し、地裁が懲役3年・執行猶予3年の判決を下した。これに対し、参議院法務委員会が、量刑が軽すぎ不当であるという決議を行った。最高裁判所は、「司法権の独立を侵害し、まさに憲法上国会に許された国政に関する調査(国政調査権)の範囲を逸脱する」として強く抗議した。
【説明】
憲法62条は「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と定められている。いわゆる国政調査権についての規定である。
国政調査権の及ぶ範囲は「国会の権能、とくに立法権は広汎な事項に及んでいるので、国政に関連のない純粋に私的な事項を除き、国政調査権の及ぶ範囲は国政のほぼ全般にわたる。」(芦部「憲法」289頁)
しかし、まったく限界がないわけではなく「国政調査の目的は、立法、予算審議、行政監督など、議院の憲法上の機能を実効的に行使するためのものでなければならないし、調査の対象と方法にも、権力分立と人権の原理からの制約がある。」(芦部「憲法」289頁)
特に司法権との関係は重要である。裁判官は裁判をなすに当たっては、他の国家機関から事実上重大な影響を受けることを禁じられる(司法権の独立)が、そうなると、現に裁判が進行中の事件についての訴訟指揮を批判したり、裁判の内容の当否を批判することは許されないことになる。
ただし、裁判所で審理中の事件について、「議院が裁判所と異なる目的(立法目的・行政監督の目的など)から、裁判と平行して調査することは、司法権の独立を侵すものでない(たとえばロッキード事件)。」(芦部「憲法」290頁)とされる。
もっとも、委員会には住居侵入、捜索、押収、逮捕のごとき刑事手続上の強制力が認められない。
(札幌高判昭和30年8月23日高刑集8巻6号845頁)
地方自治/
普通地方公共団体の条例と河川法との関係(上乗せ条例)
◆昭和53年12月21日 法廷名 最高裁判所第一小法廷 判決 昭和53(行ツ)35 工作物除却命令無効確認 民集第32巻9号1723頁
【判示事項】
いわゆる普通河川の管理について定める普通地方公共団体の条例と河川法との関係
【裁判要旨】
いわゆる普通河川の管理について定める普通地方公共団体の条例において、河川法がいわゆる適用河川又は準用河川について定めるところ以上に強力な河川管理の定めをすることは、同法に違反し、許されない。
【参照法条】
憲法94条,地方自治法2条2項,地方自治法2条3項2号,地方自治法14条1項,河川法4条1項,河川法5条1項,河川法100条1項
憲法九四条は、「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、また、地方自治法一四条一項も、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。これは、条例制定権の根拠であるとともに、その範囲と限界を定めたものである。したがつて、普通地方公共団体は、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されず、そのような法令の明文の現定又はその趣旨に反する条例は、たとえ制定されても、条例としての効力を有しないものといわなければならない。
河川の管理について一般的な定めをした法律としては河川法があり、同法は、河川を、その公共性の強弱の度合に応じて、同法の適用がある一級河川及び二級河川(いわゆる適用河川)、同法の準用があるいわゆる準用河川並びに同法の適用も準用もないいわゆる普通河川に区分している。
・・・普通河川であつても、これを河川法の適用又は準用の対象とすることを必要とする事情が生じた場合には、いつでも適用河川又は準用河川として指定することにより同法の適用又は準用の対象とすることができる仕組みとなつている。このように、河川の管理について一般的な定めをした法律として河川法が存在すること、しかも、同法の適用も準用もない普通河川であつても、同法の定めるところと同程度の河川管理を行う必要が生じたときは、いつでも適用河川又は準用河川として指定することにより同法の適用又は準用の対象とする途が開かれていることにかんがみると、河川法は、普通河川については、適用河川又は準用河川に対する管理以上に強力な河川管理は施さない趣旨であると解されるから、普通地方公共団体が条例をもつて普通河川の管理に関する定めをするについても(普通地方公共団体がこのような定めをすることができることは、地方自治法二条二項、同条三項二号、一四条一項により明らかである。)、河川法が適用河川等について定めるところ以上に強力な河川管理の定めをすることは、同法に違反し、許されないものといわなければならない。
◆昭和50年09月10日 最高裁判所大法廷判決 昭和48(あ)910 集団行進及び集団示威運動に関する徳島市条例違反、道路交通法違反被告事件 刑集第29巻8号489頁
【判示事項】
一 集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二七年徳島市条例第三号)三条三号、五条と道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、徳島県道路交通施行細則一一条三号との関係
【裁判要旨】
一 道路交通法七七条一項四号は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序維持の見地から一定の規制を施すことを排斥する趣旨を含むものではなく、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二七年徳島市条例第三号)三条三号の規制と道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細 則による規制とが一部重複しても、道路交通法による規制は条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用されるものと解すべく、右条例三条三号、五条の規定 が、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、徳島県道路交通施行細則一一条三号に違反するものではない。
道路交通法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ること等、道路交通秩序の維持を目的として制定されたものであり、同法七七条三項による所轄警察署長の許可条件の付与もかかる目的のためにされるものであることは、多言を要しない。
これに対し、本条例の対象は、道路その他公共の場所における集団行進及び場所のいかんを問わない集団示威運動であつて、学生、生徒その他の遠足、修学旅行、体育競技、及び通常の冠婚葬祭等の慣例による行事を除くものである。
このような集団行動は、通常、一般大衆又は当局に訴えようとする政治、経済、労働問題、世界観等に関する思想、主張等の表現を含むものであり、表現の自由として憲法上保障されるべき要素を有するのであるが、他面、それは、単なる言論、出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴うものであつて、多数人の集合体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とし、したがつて、それが秩序正しく平穏に行われない場合にこれを放置するときは、地域住民又は滞在者の利益を害するばかりでなく、地域の平穏をさえ害するに至るおそれがあるから、本条例は、このような不測の事態にあらかじめ備え、かつ、集団行動を行う者の利益とこれに対立する社会的諸利益との調和を図るため、一条において集団行進等につき事前の届出を必要とするとともに、三条において集団行進等を行う者が遵守すべき事項を定め、五条において遵守事項に違反した集団行進等の主催者、指導者又はせん動者に対し罰則を定め、もつて地方公共の安寧と秩序の維持を図つているのである。
このように、道路交通法は道路交通秩序の維持を目的とするのに対し、本条例は道路交通秩序の維持にとどまらず、地方公共の安寧と秩序の維持という、より広はん、かつ、総合的な目的を有するのであるから、両者はその規制の目的を全く同じくするものとはいえないのである。
・・・地方自治法一四条一項は、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法二条二項の事務に関し条例を制定することができる、と規定しているから、普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。
例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであつても、国の法令が必ずしもその規定によつて全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。
これを道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細則と本条例についてみると、・・・道路交通法七七条一項四号は、同号に定める通行の形態又は方法による道路の特別使用行為等を警察署長の許可によつて個別的に解除されるべき一般的禁止事項とするかどうかにつき、各公安委員会が当該普通地方公共団体における道路又は交通の状況に応じてその裁量により決定するところにゆだね、これを全国的に一律に定めることを避けているのであつて、このような態度から推すときは、右規定は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各普通地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序の維持の見地から一定の規制を施すこと自体を排斥する趣旨まで含むものとは考えられず、各公安委員会は、このような規制を施した条例が存在する場合には、これを勘案して、右の行為に対し道路交通法の前記規定に基づく規制を施すかどうか、また、いかなる内容の規制を施すかを決定するヒとができるものと解するのが、相当である。
そうすると、道路における集団行進等に対する道路交通秩序維持のための具体的規制が、道路交通法七七条及びこれに基づく公安委員会規則と条例の双方において重複して施されている場合においても、両者の内容に矛盾牴触するところがなく、条例における重複規制がそれ自体としての特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される場合には、道路交通法による規制は、このような条例による規制を否定、排除する趣旨ではなく、条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用される趣旨のものと解するのが相当であり、したがつて、右条例をもつて道路交通法に違反するものとすることはできない。