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憲法前文
◆札幌高裁昭和51年8月5日判決 昭和48年(行コ)第2号 保安林解除処分取消請求控訴事件
【第一審】 昭和48年9月7日 札幌地方裁判所
【上告審】 昭和57年9月9日 最高裁判所
・・・被控訴人(地元住民)らは、本件(指定林の)解除処分は航空自衛隊第三高射群基地の建設を目的とするものであるから、右基地周辺の住民である被控訴人らは、いわゆる基地公
害のほか一朝有事の際には直接の攻撃目標とされ、憲法前文等に根拠を有する「平和のうちに生存する権利」を具体的に侵害されるおそれがあるとして、・・・右平和的生存権の侵害を理 由としても、本件解除処分の取消しを求める法律上の利益を有するものであると主張する。
憲法前文は、その形式上憲法典の一部であつて、その内容は主権の所在、政体の形態並びに国政の運用に関する平和主義、自由主義、人権尊重主義等を定めているのであるから法
的性質を有するものといわなければならない。(が)・・・国政の運用に関する主義原則は、規定の内容たる事項の性質として、また規定の形式の相違において、その法的性質には右と異 なるものがあるといわなければならない。
・・・(前文)第二、第三項の規定は、これら政治方針がわが国の政治の運営を目的的に規制するという意味では法的効力を有するといい得るにしても、国民主権代表制民主制と異なり、
理念としての平和の内容については、これを具体的かつ特定的に規定しているわけではなく、前記第二、第三項を受けるとみられる第四項の規定に照しても、右平和は崇高な理念ないし 目的としての概念にとどまるものであることが明らかであつて、前文中に定める「平和のうちに生存する権利」も裁判規範として、なんら現実的、個別的内容をもつものとして具体化されてい るものではないというほかないものである。
【解説】
自衛隊の地対空ミサイル基地建設に反対する地域住民が、基地建設のために保安林の指定を解除した処分の取り消しを求めて争った事件。
この訴えの中で「訴えの利益」を基礎づけるために主張したのが憲法前文の「平和的生存権」である。一審判決では、平和的生存権を訴えの利益の根拠として認めたが、二審判決はこれ
を否定した(上記判例)。最高裁でも前文二項の裁判規範性は実質的に認められなかった。
憲法前文の法的性格については、法規範性を有すると解されている。すなわち、本文と同じく憲法の一部をなし(1)憲法改正手続きによらなければ改正できず(2)最高法規として法律、命令
等を拘束し、憲法の各条項を解釈する基準にはなりうる。その一方で、裁判規範性を有するかについては、肯定説、否定説が存在しており、否定説が通説である。すなわち、前文の規定 は抽象的な原理の宣言にとどまり具体性に欠けるため、前文を直接根拠として裁判所に救済を求めることはできないと一般的には解されている。
この点で問題となったのが前文二項の「平和のうちに生存する権利を有する」という文章に示されている「平和的生存権」であり、これについて争われたのが、上記「長沼事件」である。
戦争放棄
◆ S34.12.16 大法廷・判決 昭和34(あ)710 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反(刑集第13巻13号3225頁) 一 憲法第九条の立法趣旨。 二 憲法第九条第二項の戦力不保持の規定の立法趣旨。 三 憲法第九条はわが国の自衛権を否定するか。 四 憲法はわが国が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするための自衛の措置をとることを禁止するか。 五 わが国に駐留する外国軍隊は憲法第九条第二項の「戦力」にあたるるか。 六 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下安保条約と略す。)と司法裁判所の司法審査権。 七 安保条約は一見明白に違憲と見められるか。 【要旨】 一 憲法第九条は、わが国が敗戦の結果、ポツダム宣言を受諾したことに伴い、日本国民が過去におけるわが国の誤つて犯すに至つた軍国主義的行動を反省し、政府の行為によつて再 び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、深く恒久の平和を念願して制定したものであつて、前文および第九八条第二項の国際協調の精神と相まつて、わが憲法の特色で ある平和主義を具体化したものである。 二 憲法第九条第二項が戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつて、これに指揮権、管理権を行使することにより、同条第一項において永久 に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起すことのないようにするためである。 三 憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。 四 わが国が、自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であつて、憲法は何らこれを禁止するものでは ない。 五 わが国が主体となつて指揮権、管理権を行使し得ない外国軍隊はたとえそれがわが国に駐留するとしても憲法第九条第二項の「戦力」には該当しない。 六 安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の 審査の原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。 七 安保条約(およびこれに基くアメリカ合衆国軍隊の駐留)は、憲法第九条、第九八条第二項および前文の趣旨に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは認められない。 【解説】 米軍の使用する東京都下砂川町の立川飛行場の拡張工事を始めた際、基地反対派デモ隊が乱入し、旧安保条約三条に基づく刑事特別法違反として起訴された事件。東京地方裁判所 は、安保条約によって、日本が自国と直接関係のない武力紛争に巻き込まれる危険性があり、駐留軍が憲法九条二項の戦力に該当して違憲であると判示した(いわゆる伊達判決)が、 検察側が最高裁に飛躍上告した。 最高裁は、@憲法九条二項が保持を禁じた戦力とは、わが国が主体となって指揮権を行使し得る戦力をいうもので、わが国に駐留する外国の軍隊は、それに該当しない。また、A安保条 約は高度の政治性を有するものであって、一見きわめて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査には原則としてなじまないものである、と判示した。 ◆札幌高裁昭和51年8月5日判決 昭和48年(行コ)第2号 保安林解除処分取消請求控訴事件
【第一審】 昭和48年9月7日 札幌地方裁判所
【上告審】 昭和57年9月9日 最高裁判所
・・・わが国が自衛権行使のための実力組織の保持及びその程度を決定するのは高度の政治的裁量による判断を伴うものであるところ、一国の防衛問題はその国の存立の基礎にかかわ
る極めて重大な問題であるから、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」(自衛隊法第三条第一項)とする 自衛隊をどの程度の実力のものとするかという問題は、「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの」(最高裁判昭和三四年一二月一六日 大法廷判決)というべきである。
そうすると、自衛隊(が)・・・憲法第九条第二項が保持を禁止する戦力に該当しないかどうかの法的判断は、「純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまな
い性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」(最高裁昭和三四年一二月一六日判決)というほかなく、 国民に直接責任を負う政治部門の決定にゆだねられなければならない。そして、わが国の自衛隊にはこれを一見極めて明白に違憲と目すべき余地はまつたくないのであるから、自衛隊が 憲法第九条第二項の「戦力」に当るかどうかについては、裁判所の司法審査の及び得ないところである。
【解説】
前掲。自衛隊の地対空ミサイル基地建設に反対する地域住民が、基地建設のために保安林の指定を解除した処分の取り消しを求めて争った事件。一審判決は、自衛隊が憲法九条に言
う戦力に該当し違憲であると判示したが、控訴審(札幌高裁)は、住民に訴えの利益はないとして原判決を取り消すと共に、自衛隊の存在が憲法九条に反するかどうかの判断は「統治行 為」に属し、それが一見きわめて明白に違憲、違法であるといえない場合には司法審査の範囲外にあるとした。最高裁は、訴えの利益が失われたとして原告の主張を斥け、自衛隊の合憲 性の判断を行わないまま訴訟を終結させた。(最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁) 「統治行為」:本来は裁判の対象となりうるが、高度に政治的な行為である等の理由により、司法審査の範囲外に置かれる行為。「政治問題」ともいう(芦部「憲法」第三版63頁) 「訴えの利益」:保安林指定解除処分の取消訴訟における住民の訴えの利益としての洪水・渇水の防止上の利益は、洪水防止施設などの代替施設の設置により消滅する。(芝池「行政 救済法講義」第二版補訂版50頁)
基本的人権/人権の享有主体
◆富山地裁判 平成10年12月16日 (判時1699号120頁)
【要旨】
天皇も憲法第3章にいう国民に含まれ、したがって、憲法の保障する基本的人権の享有主体であり、天皇の地位の世襲制、天皇の象徴としての地位、天皇の職務からくる最小限の取り扱
いのみが認められるものと解されるから、天皇にもプライバシーの権利や肖像権が保障される。 ◆判例 S53.10.04 大法廷・判決 昭和50(行ツ)120 在留期間更新不許可処分取消(民集第32巻7号1223頁) 一 外国人のわが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利と憲法の保障の有無 二 わが国に在留する外国人と政治活動の自由に関する憲法の保障 三 外国人に対する憲法の基本的人権の保障
【参照・法条】憲法第3章
【要旨】一 外国人は、憲法上、わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されていない。 二 政治活動の自由に関する憲法の保障は、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを 除き、わが国に在留する外国人に対しても及ぶ。 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国 際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付する かを、当該国家が自由に決定することができるものとされていること解される。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論の ように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき であり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その 保障が及ぶものと解するのが、相当である。
「わが国に在留する外国人には、わが国の政治的意思決定に影響を及ぼすような政治活動の自由についてまで保障されているわけではない」
(平成6年出題) ○
「基本的人権の保障は、日本国民のみならずわが国に在留する外国人に対しても常に等しく及ぶものである」(平成2年出題) ×
【解説】
アメリカ人マクリーンが、在留期間一年としてわが国に入国し、一年後に在留期間更新の申請をしたが、法務大臣が、マクリーンの在留中のベトナム反戦、日米安保条約反対のデモや集
会に参加した等の政治活動を行ったことを理由に更新を拒否した事件。
人権の享有主体として、外国人に対してどこまで人権の保障が及ぶかということについては、通説・判例は「権利の性質上適用可能な人権規定は全て及ぶと考えるのが妥当である(性質
説)」(芦部「憲法」第三版89頁)としている。問題は、どのような人権がどの程度まで外国人に保障されるのかということであるが、これは、個々に判断していくことになる。その祭、外国人 といっても、旅行者のように一時的に日本国内に滞在する者のほか、日本に生活の本拠を持ち永住資格を認められた定住外国人(特別永住者等)、難民等異なるものがあるということに注 意すべきである。外国人に保障されない人権として、参政権、社会権、入国の自由が挙げられている。
1.参政権
参政権は、国民が自己の属する国の政治に参加する権利という国民主権原理から、国政選挙の選挙権・被選挙権は国民にのみ与えられる権利であるとするのが通説・判例である。(最
高裁平成5年2月26日判決)ただし、地方選挙については、地方自治の本旨である住民自治という観点から、定住外国人に法律で選挙権を付与することは憲法上禁止されていないとす る。(最判平成7年2月28日・民集49巻2号639頁)
2.入国の自由
国際慣習法上、外国人に入国を許すかどうかは、その国の主権の問題であり、外国人に保障されないのは当然とされる。(最大判昭和32年6月19日・刑集11巻6号1663頁)
3.再入国の自由
「在留外国人の再入国の自由に憲法上の保障が及んでいることを根拠づけることはできないものというべきである」(東京地判昭61年3月26日判時1186号9頁/森川キャサリーン事
件)として、再入国の自由は保障されないとしている。本件の控訴審、上告審(最一判平成4年11月16日民集166号575頁)いずれも請求棄却。 ◆判例 S32.06.19 大法廷・判決 昭和29(あ)3594 外国人登録令違反(刑集第11巻6号1663頁)
【判示事項】
一 憲法第二二条は外国人の日本国入国の自由を保障するか。
二 外国人登録令第三条第一二条の合憲性。
【要旨】
一 憲法第二二条は外国人の日本国に入国することについてなにら規定していないものというべきである。
二 外国人登録令第三条、第一二条は憲法第二二条に違反しない。
・・・憲法二二条一項には、何人も公共の福祉に反しない限り居住・移転の自由を有する旨規定し、同条二項には、何人も外国に移住する自由を侵されない旨の規定を設けていることに徴
すれば、憲法二二条の右の規定の保障するところは、居住・移転及び外国移住の自由のみに関するものであつて、それ以外に及ばず、しかもその居住・移転とは、外国移住と区別して規 定されているところから見れば、日本国内におけるものを指す趣旨であることも明らかである。そしてこれらの憲法上の自由を享ける者は法文上日本国民に局限されていないのであるか ら、外国人であつても日本国に在つてその主権に服している者に限り及ぶものであることも、また論をまたない。されば、憲法二二条は外国人の日本国に入国することについてはなにら規 定していないものというべきであつて、このことは、国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約が存しない限り、国家は外国 人の入国を許可する義務を負わないものであることと、その考えを同じくするものと解し得られる。従つて、所論の外国人登録令の規定の違憲を主張する論旨は、理由がないものといわな ければならない。
【解説】
不法入国した中国人が、外国人登録令、出入国管理令等違反として起訴され、懲役刑および罰金刑を受けたことに対し、外国人の入国を制限する外国人登録令の憲法22条違反を理由
に上告した事件。 ◆判例 S32.12.25 大法廷・判決 昭和29(あ)389 出人国管理令違反等(刑集第11巻14号3377頁)
【判示事項】
一 出入国管理令第二五条の合憲性。
【要旨】
一 出入国管理令第二五条は、憲法第二二条第二項に違反しない。
【参照・法条】
出入国管理令25条,憲法22条2項,刑法21条
憲法二二条二項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と規定しており、ここにいう外国移住の自由は、その権利の性質上外国人に限つて保障しないという理
由はない。
次に、出入国管理令二五条一項は、本邦外の地域におもむく意図をもつて出国しようとする外国人は、その者が出国する出入国港において、入国審査官から旅券に出国の証印を受けな
ければならないと定め、同二項において、前項の外国人は、旅券に証印を受けなければ出国してはならないと規定している。右は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に、出 国の手続に関する措置を定めたものであり、事実上かゝる手続的措置のために外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令一条に規定する本邦に入国 し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであつて、合憲性を有するものと解すべきである。 ◆平成4年11月16日第1小法廷判決 再入国不許可処分取消等請求事件(最高裁判所民事裁判集166号575頁)
・・・我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九
日判決・刑集一一巻六号一六六三頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。以上と同旨の原審の判断 は、正当として是認することができ、原判決に所論の違憲はない。
【解説】
留学資格により日本に入国し、その後、日本人と結婚したアメリカ人森川キャサリーンが、韓国に旅行する計画を立て再入国許可申請を行ったところ、過去に指紋押捺を拒否したことを理
由に不許可とされたので、その処分の取り消しと国家賠償を請求した事件。一審、控訴審とも請求棄却。その上告審が、本判決である。
(東京地判昭和61年3月26日)
・・・日本国民の場合は、その帰国の自由は、国民が国の構成員である以上、憲法による保障以前ともいうべき絶対的な権利として認められるものであるのに対して、在留外国人の場合
は、そのわが国への帰国(再入国)は、国際慣習法上、国家は原則として外国人の入国を自由に規制することができるとされていることにかんがみ、当然に権利として保障されているとい うことができないものであり(る)。
・・・在留外国人の海外旅行の自由は、日本国民のそれと本質的に異なるものであり、憲法22条2項の規定が、このような両者の間の差異を超えて、特に在留外国人の海外旅行の自由
まで保障したものと解する根拠はないから、在留外国人の海外旅行の自由は、憲法上保障されていないものといわなければならない。
・・・在留外国人の再入国の自由に憲法上の保障が及んでいることを根拠づけることはできないものというべきである。
◆東京高判平9.11.26
管理職試験において、日本国籍を有することを受験資格とすることは22条1項、14条1項に反し違憲か?
【判旨】
国民主権の原理は、日本の統治作用が日本国民によって行われることを要請しているため、国会議員、国務大臣、裁判官など国の統治作用に直接かかわる公務員に外国人が就任する
ことは憲法上許されないが、公権力を行使し又は公の意思の形成に参画することにより間接的に国の統治作用に係わる公務員は、そのすべてについて外国人の就任が憲法上許されな いわけではない。地方公務員の管理職の中には、公権力を行使せず、公の意思の形成に参画する蓋然性が少ない者もいるため、すべての管理職について国民主権の原理により外国人 の任用を一切禁ずることは相当ではない。外国人が就任し得る管理職への外国人の任用については、憲法22条1項、14条1項の保障が及ぶ。
「広義の参政権と考えられてきた公務就任権(または資格)については、狭義の参政権と異なることから、外国人が総ての公務に就任することができないわけではない。」とされる。(芦部
「憲法」90頁) ◆最高裁平成元年3月2日判決 判例時報1363号68頁
憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(一項)並びに社会的立法及び社会的施設の創
造拡充に努力すべきこと(二項)を国の責務として宣言したものであるが、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同 条二項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきこと、そし て、同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条 件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視す ることができず、また、多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから、同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定 は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄であるという べきことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日判決・刑集二巻一〇号一二三五頁、昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七 号一二三五頁)の判示するところである。
・・・本件で問題とされている国籍条項が憲法二五条の規定に違反するかどうかについて考えるに、・・・立法府は、その支給対象者の決定について、もともと広範な裁量権を有しているも
のというべきである。加うるに、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変 動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、 自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるべきことと解される。したがつて、法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者から在留外国人を除外することは、立法府の裁量の範 囲に属する事柄と見るべきである。
・・・そうすると、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことは、憲法二五条の規定に違反
するものではない。
【解説】
昭和9年に朝鮮人として生まれ、昭和45年に日本に帰化した塩見日出氏が、傷害福祉年金の受給請求を行ったところ、廃疾認定日当時日本国籍がなかったことを理由に却下されたため
に訴えを起こした事件。
「社会権(とくに生存権)については、その保障は各人の属するそれぞれの国の責務であるとの考え方のもとに、外国人の共有主体性を否定する見解が通説・判例だったといえよう。これ
に対し、社会権も固有の人権であり、外国人(少なくとも定住外国人)も含めて日本社会の一員として労働し生活する者に当然に妥当すると解する立場も、近似有力に主張されるようになっ てきている・・・参政権の場合と違って、社会権を法律によって具体的に保障することが原理上排除されるわけではない。わが国も加入する国際人権規約(A規約)や「難民の地位に関する 条約」に対応すべく、社会保障関係法令中の国籍条項は原則として撤廃されるに至っている」(佐藤「憲法」第三版420頁) 八幡製鉄事件(人権の享有主体・法人) ◆判例 S45.06.24 大法廷・判決 昭和41(オ)444 取締役の責任追及請求(民集第24巻6号625頁) 【判示事項】 一、政治資金の寄附と会社の権利能力
二、会社の政党に対する政治資金の寄附の自由と憲法三章
【要旨】一、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎり、会社の権利能力の範囲に属する行為である。 二、憲法三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものであるから、会社は、公共の福祉に反しないかぎり、政治的行為の自由 の一環として、政党に対する政治資金の寄附の自由を有する。 会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する うえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。 憲法上の選挙権その他のいわゆる参政権が自然人たる国民にのみ認められたものであることは、所論のとおりである。しかし、会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等 の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない。のみならず、憲法 第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政 策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。
「憲法の定める国民の権利および義務の各条項は、自然人たる国民のみに適用されるものであり、法人たる会社は政治的行為を為す自由を有しない」(平成7年出題) ×
【解説】
八幡製鉄(現在の新日本製鉄)の代表取締役が自由民主党に政治献金をした行為の責任を追及して、同社の株主が代表訴訟を提起した事件。
◆判例 H08.03.19 第三小法廷・判決 平成4(オ)1796 選挙権被選挙権停止処分無効確認等(民集第50巻3号615頁)
【判示事項】
一 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することと税理士会の目的の範囲
二 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付するために特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議の効力
【要旨】
一 税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することは、税理士会の目的の範囲外の行為である。
二 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議は無効である。
税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項で定めら
れた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。すなわち、
(一) 民法上の法人は、法令の規定に従い定款又は寄付行為で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う(民法四三条)。この理は、会社についても基本的に妥当する
が、会社における目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含され (最高裁昭和二四年(オ)第六四号同二七年二月一五日第二小法廷判決・民集六巻二号七七頁、同二七年(オ)第一〇七五号同三〇年一一月二九日第三小法廷判決・民集九巻一二号 一八八六頁参照)、さらには、会社が政党に政治資金を寄付することも、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定 款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げないとされる(最高裁昭和四一年(オ)第四四四号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁参照)。
(二) しかしながら、税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない。
税理士は、国税局の管轄区域ごとに一つの税理士会を設立すべきことが義務付けられ(法四九条一項)、税理士会は法人とされる(同条三項)。また、全国の税理士会は、日税連を設
立しなければならず、日税連は法人とされ、各税理士会は、当然に日税連の会員となる(法四九条の一四第一、第三、四項)。・・・ さらに、税理士会は、税理士の入会が間接的に強制さ れるいわゆる強制加入団体であり、法に別段の定めがある場合を除く外、税理士であって、かつ、税理士会に入会している者でなければ税理士業務を行ってはならないとされている。
(三) 以上のとおり、・・・ 税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない。
税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成
を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。
(四) そして、税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっ
ては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。
税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一
つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条 及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義 務にも、おのずから限界がある。
特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判
断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のた め、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補 者を支持するかに密接につながる問題だからである。
(五) そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべ
きであり(最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定して いないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条 二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。
・・・ 以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体である南九各県税政へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として五〇〇〇
円を徴収する旨の決議であり、被上告人の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない。 猿払事件(公務員の政治的表現の自由) ◆判例 S49.11.06 大法廷・判決 昭和44(あ)1501 国家公務員法違反(民集第28巻9号393頁)
特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止と憲法二一条
【要旨】一 国家公務員法一〇二条一項、人事院規則一四−七・五項三号、六項一三号による特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止は、憲法二一条に違反し ない。 【参照・法条】憲法21条,憲法31条,憲法15条 第一 本事件の経過 本件公訴事実の要旨は、被告人は、北海道宗谷郡a村の鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、A労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和四二年一月八日告示の 第三一回衆議院議員選挙に際し、右協議会の決定にしたがい、B党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター六枚を自ら公営掲示場に掲示したほか、その頃四回 にわたり、右ポスター合計約一八四枚の掲示方を他に依頼して配布した、というものである。 国家公務員法(以下「国公法」という。)一〇二条一項は、一般職の国家公務員(以下「公務員」という。)に関し、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若 しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、・・・ 政治的行為をしてはならない。」と規定し、この委任に基づき人事院規則一四―七(政治的行為)(以下「規則」という。)は、右条 項の禁止する「政治的行為」の具体的内容を定めており、右の禁止に違反した者に対しては、国公法一一〇条一項一九号が三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科する旨を規定 している。被告人の前記行為は、・・・ 政党を支持することを目的とする文書すなわち政治的目的を有する文書の掲示又は配布という政治的行為にあたるものであるから、国公法一一〇 条一項一九号の罰則が適用されるべきであるとして、起訴されたものである。 (一) ・・・ 国民の信託による国政が国民全体への奉仕を旨として行われなければならないことは当然の理であるが、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者では ない。」とする憲法一五条二項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕として運営されるべきものであることを理解することができる。公 務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体に対 する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を 堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、 公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁 止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。 (二) 国公法一〇二条一項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、、この目 的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。 ・・・ 行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む 国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。また、右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を 損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務 時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるも のではない。 (三) 以上の観点から本件で問題とされている規則五項三号、六項一三号の政治的行為をみると、その行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行 為であつて、政治的偏向の強い行動類型に属するものにほかならず・・・ 公務員の政治的中立性の維持を損うおそれが強いと認められるものであり、政治的行為の禁止目的との問に合 理的な関連性をもつものであることは明白である。また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止を ねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認 められない。したがつて、国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものということは できない。 「勤務時間外に公務員が支持政党のポスターを公営掲示場に貼りに行った行為を、公務の政治的中立性を理由に処罰するのは、合憲である(平成14年出題) ○ 【解説】 北海道の猿払(さるふつ)村の郵便局員が、衆議院議員選挙用のポスターを公営掲示板に掲示したり、配布したことが、国家公務員法に違反するとして起訴された事件。 公務員の人権については国家公務員法等により制限が設けられている。その制限の根拠について、古くは特別権力関係という考えに基づくものが通説的であったが(他に、特別権力関係 に服する者として在監者、国公立大学学生等)、現在では特別権力関係は否定され、「公務員の人権制限の根拠は、憲法が公務員関係の存在と自律性を憲法秩序の構成要素として認 めていること(憲法15条・73条4号)に求めるのが妥当である」とされる。(芦部「憲法」第3版104頁)
公務員の人権制限について問題となるのが、労働基本権(労働三権の制限等)、政治活動の自由であり、政治活動の自由について問題となったのが当判例である。(公務員の争議権に
ここにおいて最高裁は@行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼の確保の為という規制の目的は正当でありAその目的と政治的行為を禁止することの間には合理的な関連性があついては全農林警職法事件・全逓東京中郵事件を参照) りB禁止することによる利益と失われる利益の均衡がとれているとして、合憲だと判示した。 【特別権力関係】 公務員や在監者、国公立大学学生等のように、公権力と特殊な関係にある者についての人権制限を正当化するために伝統的に用いられてきた考え方。特別の公法上の原因によって成 立する公権力と国民との特別な法律関係であり、公権力は特別権力関係に属する私人に対し@包括的な支配権(命令権・懲戒権)を有し、個々の法律の根拠なくしてを包括的に支配でき るA一般国民と異なり、人権を法律の根拠なくして制限できるとし、さらに、B特別権力関係内部における公権力の行使は原則として司法審査に服さないとされる。 「しかし、日本国憲法は法の支配の原理を採用し、基本的人権の尊重を基本原理とし、国会を唯一の立法機関と定めているので、伝統的な特別権力関係論の説く法原則は到底そのまま では通用しえない」(芦部「憲法」第3版102頁) ◆判例 S58.06.22 大法廷・判決 昭和52(オ)927 損害賠償(民集第37巻5号793頁) 一 未決勾留により拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由を監獄内の規律及び秩序維持のため制限する場合における監獄法三一条二項、監獄法施行規則八六条一項の各 規定と憲法一三条、一九条、
二 一条二拘置所長が未決勾留により拘禁されている者の購読する新聞紙の記事を抹消する措置をとつたことに違法はないとされた事例
【参照・法条】憲法13条,憲法19条,憲法21条未決勾留は、・・・・逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであつて、右の勾留により拘禁された者は、その限度で身体的行動の自由 を制限されるのみならず、前記逃亡又は罪証隠滅の防止の目的のために必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないのであり、このことは、未 決勾留そのものの予定するところでもある。 また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたつては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状 態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決勾留によつて拘禁された者についても、この面からその者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制 限が加えられることは、やむをえないところというべきである。・・・この場合において、これらの自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、右の目的のために 制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。 東京拘置所長のした本件新聞記事抹消処分による・・・新聞紙閲読の自由の制限が憲法に違反するかどうか、ということである。(が)・・・ 意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、 図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条の規定や、表現の自由を保障した憲法二一条の規定の趣旨、目的から・・・当然 に導かれるところで・・・あると考えられる。 しかしながら、このような閲読の自由は・・・その制限が絶対に許されないものとすることはできず・・・これに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがある こともやむをえないものといわなければならない。 ・・・ 未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由についても、逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的のためのほか、前記のような監獄内の規律及び秩 序の維持のために必要とされる場合にも、一定の制限を加えられることはやむをえないものとして承認しなければならない。 しかしながら、・・・ 監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右の目的を達するために真に必要と認め られる限度にとどめられるべきものである。したがつて、右の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけ では足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の 維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために 必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。 ところで、監獄法三一条二項は・・・上に述べた要件及び範囲内でのみ閲読の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解することも可能であるから、右法令等は、憲 法に違反するものではないとしてその効力を承認することができるというべきである。
「一定の制約の下に、未決勾留で監獄に拘禁されている者に対して新聞等の閲覧の自由を制限することは認められる」(平成6年出題) ○
【解説】
拘留中の被疑者が、定期購読していた新聞に掲載された日航機「よど号」乗っ取り事件に関する記事を、拘置所所長が全面的に抹消したので、
その抹消は「知る権利」を侵害したとして争った事件。
最高裁は、新聞記事の抹消について、監獄内における規律・秩維持にとって放置できない障害が生じる「相当の蓋然性」があると認められる場合で、それを防止する為に必要かつ合理的
な範囲に止まる限りで制限できるものとした。 ◆昭和45年9月16日 大法廷・判決 昭和40年(オ)第1425号 国家賠償請求事件(民集24巻10号1410頁)
【参照法令】監獄法/監獄法施行規則96条/日本国憲法13条
【要旨】
・・・未決勾留は、刑事訴訟法に基づき、逃走または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁
者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目 的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえないところである。
そして、右の制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決せ
られるべきものというべきである。
これを本件についてみると、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定するところによれば、監獄の現在の施設および管理態勢のもとにおいては、喫煙に伴う火気の使用に起因す
る火災発生のおそれが少なくなく、また、喫煙の自由を認めることにより通謀のおそれがあり、監獄内の秩序の維持にも支障をきたすものであるというのである。右事実によれば、喫煙を許 すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また、火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができないことは明らかである。のみなら ず、被拘禁者の集団内における火災が人道上重大な結果を発生せしめることはいうまでもない。他面、煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫 煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法一三 条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。したがつて、このような拘禁の目的と制限される基本的人権の内容、 制限の必要性などの関係を総合考察すると、前記の喫煙禁止という程度の自由の制限は、必要かつ合理的なものであると解するのが相当であり、監獄法施行規則九六条中未決勾留に より拘禁された者に対し喫煙を禁止する規定が憲法一三条に違反するものといえないことは明らかである。
「喫煙の自由は、基本的人権に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」(平成9年出題) ○
【解説】
刑務所に未決勾留で収容されていた原告が、喫煙禁止解除を請願したがいられなかったため、国を相手として、訴えを起こした事件。
【未決勾留】
主として逃亡及び証拠隠滅を防止することを目的として、被告人を拘禁する強制処分をいう。
【勾留】
犯罪を犯したと思われるだけの相当理由があり、しかも、住所が不定であったり、証拠隠滅や逃亡のおそれがある場合に、被告人・被疑者を拘禁する処分。有罪が確定する前のものであ
るから、刑の一種である拘留とは異なる。
【拘留】
1日以上30日未満拘留場に拘置する刑罰(刑法16条)。最も軽い自由刑で、主として軽犯罪に科せられる。刑事訴訟手続きにおける被疑者や被告人に対する勾留とは別である。
基本的人権/人権の私人間効力
三菱樹脂事件(私人間における人権) ◆判例 S48.12.12 大法廷・判決 昭和43(オ)932 労働契約関係存在確認請求(民集第27巻11号1536頁) 【判示事項】 一、憲法一四条、一九条と私人相互間の関係 二、特定の思想、信条を有することを理由とする雇入れの拒否は許されるか 三、企業車が労働者の雇い入れにあたりその思想・信条を調査することの可否 【要旨】 一、憲法一四条や一九条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではない。 二、企業者が特定の思想、信条を有する労働者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。 三、労働者を雇い入れようとする企業者が、その採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることは、違法とはいえ ない。 ・・・憲法の右各規定(憲法一九条)は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的 に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立お よび発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統 治行動に対する関係においてこそ、浸されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場 合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態 様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人 との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものと することは、決して当をえた解釈ということはできないのである。 ・・・すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに 対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な 運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するの である。 ・・・ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として 保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条 件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつ て雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。 「企業が、特定の思想・信条を有する者について、それを理由として雇い入れを拒んだとしても、当然に違法とは言えない」(平成6年出題) ○ 【解説】 大学卒業後、三菱樹脂株式会社に採用された原告が、在学中の学生運動歴について入社試験の祭に虚偽の申告等をおこなったことが悪質な詐欺に当たり、会社の管理職要員としての 適格性を欠くという理由で、三ヶ月の使用期間終了時に本採用を拒否された事件。 裁判では、上記【判事事項】のように(1)人権規定が私人間に適用されるかという問題の他、(2)会社が特定の思想を有することを理由に本採用を拒否することが憲法14条の信条による差 別に当たるか否か(3)会社が入社試験の祭に応募者の思想に関する事項を訪ねることが憲法19条の思想の自由に反しないか、が問題となった。 一,二審原告勝訴。最高裁は、私人間において権利が対立する場合の調整は原則として私的自治に委ねられ、その侵害の態様や程度が社会的に許される限度を超える場合にのみ法が 介入してその間の調整を図るとしたうえで、民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等を用いて解決するという間接適用説の立場をとった。 そして、企業は雇用に自由を有し、「特定の思想・信条を有する者をそのゆえを以て雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない」「労働者の採否決定に当たり、労働 者の思想・信条を調査し、そのためにその者からこれに関する事項についての申告を求めることも違法ではない」と判示した。 日産自動車事件(私人間における人権) ◆判例 S56.03.24 第三小法廷・判決 昭和54(オ)750 雇傭関係存続確認等(民集第35巻2号300頁) 【判示事項】 定年年齢を男子六〇歳女子五五歳と定めた就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分が性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効とさ れた事例 【要旨】 会社がその就業規則中に定年年齢を男子六〇歳、女子五五歳と定めた場合において、女子を差別しなければならない合理的理由が認められないときは、右就業規則中女子の定年年齢 を男子より低く定めた部分は、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効である。 【参照・法条】憲法14条1項, 上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定しているところ、・・・女子従業員各個人の能力等の評価を離れて・・・定年年齢において女子を差別し なければならない合理的理由は認められない・・・事実関係のもとにおいて、上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差 別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である。 基本的人権/幸福追求権 賭場開帳図利事件(賭博行為の自由は認められるか) ◆判例 S25.11.22 大法廷・判決 昭和25(れ)280 賭場開張図利(刑集第4巻11号2380頁) 【判示事項】
一 刑法第一八六条第二項賭場開張図利罪規定の合憲性
【要旨】一 刑法第一八六条第二項賭場開張図利罪の規定は、憲法第一三条に違反しない。 参照・法条: 憲法13条,刑法186条2項 賭博行為は、一面互に自己の財物を自己の好むところに投ずるだけであつて、他人の財産権をその意に反して侵害するものではなく、従つて、一見各人に任かされた自由行為に属し罪悪 と称するに足りないようにも見えるが、しかし、他面勤労その他正当な原因に因るのでなく、単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは、国民をして怠惰浪費の弊 風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法二七条一項参照)を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民 経済の機能に重大な障害を与える恐れすらあるのであ(り)・・・ 公共の福祉に反するものといわなければならない。 ◆判例 S56.04.14 第三小法廷・判決 昭和52(オ)323 損害賠償等(民集第35巻3号620頁)
政令指定都市の区長が弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使にあたるとされた事例
【要旨】弁護士法二三条の二に基づき前科及び犯罪経歴の照会を受けた区長が、漫然と照会に応じて前科及び犯罪経歴のすべてを報告することは、過失による違法な公権力の行使にあたる。 【参照・法条】 国家賠償法1条1項,弁護士法23条の2 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するの であつて、市区町村長が・・・漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。 他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他 人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。
「地方公共団体が弁護士会からの弁護士法第23条の2の規定による前科照会に応じ、前科等のすべてを報告することは、前科等をみだりに公開されないという個人の法律上の利益を害
し、違法となることがある」(平成9年出題) ○
「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じて、前科等を報告することは、それが重罪でない場合には、憲法13条に違反し、違法な公権力の行使にあたる」(平成13年出題) ×
◆ H06.02.08 第三小法廷・判決 平成1(オ)1649 慰藉料(民集第48巻2号149頁)
【判示事項】
ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名を使用して公表された場合における損害賠償請求の可否
【要旨】
ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名を使用して公表された場合に、その者のその後の生活状況、当該刑事事件それ自体の歴史的又は社会的な意義その者の事件における
当事者としての重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性を併せて判断し、右の前科等にかかわる事実 を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するときは、右の者は、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができる。
【参照・法条】
民法709条,民法710条
ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわ
る事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和五二年(オ)第三二三号 同五六年四月一四日第三小法廷判決・民集三五巻三号六二〇頁参照)。この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるもの であっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科 等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。
もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体
を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動 の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表される ことを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(最高裁昭和五五年(あ)第二七三号同五六年四月一六日第一小法廷判決・刑集三五巻三号八四頁参照)。さらにまた、 その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否など の判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・ 民集二〇巻五号一一一八頁参照)。
そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義
及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。
要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかか
わる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重 要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事 実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。なお、このように解しても、著作者 の表現の自由を不当に制限するものではない。けだし、表現の自由は、十分に尊重されなければならないものであるが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、前科等にかかわる 事実を公表することが憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして不法行為責任を追求される余地がないものと解することはできないからである。
そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに一二年余の歳月を経過しているが、その間、被上告人が社会復帰に努め、新たな
生活環境を形成していた事実に照らせば、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたことは明らかであるといわなければならな い。しかも、被上告人は、地元を離れて大都会の中で無名の一市民として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として 前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。
以上を総合して考慮すれば、本件著作が刊行された当時、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、本件著作におい
て、上告人が被上告人の実名を使用して右の事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、そ の前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは解されないから、上告人は、被上告人に対する不法行為責任を 免れないものというべきである。 ◆判例 H07.12.15 第三小法廷・判決 平成2(あ)848 外国人登録法違反(刑集第49巻10号842頁)
一 みだりに指紋の押なつを強制されない自由と憲法一三条
【要旨】一 何人も個人の私生活上の自由の一つとしてみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有し、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、憲法一三条の趣旨に反し 許されない。 二 我が国に在留する外国人について指紋押なつ制度を定めた外国人登録法(昭和五七年法律第七五号による改正前のもの)一四条一項、一八条一項八号は、憲法一三条に違反しな い。 【参照・法条】 憲法13条,外国人登録法(昭和57年法律75号による改正前のもの)14条1項,外国人登録法(昭和57年法律75号による改正前のもの)18条1項8号「目録:憲法13条,外国人 登録法(昭和57年法律75号による改正前のもの)14条1項,外国人登録法(昭和57年法律75号による改正前のもの)18条1項8号」 憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押な つを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留 する外国人にも等しく及ぶと解される。 しかしながら、右の自由も、国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められてい るところである。 そこで、外国人登録法が定める在留外国人についての指紋押なつ制度についてみると、同制度は、・・・ 「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び 身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」という目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度として制定されたもので、その 立法目的には十分な合理性があり、かつ、必要性も肯定できるものである。 また、その具体的な制度内容については、立法後累次の改正があり、・・・ 原則として最初の一回のみとされ、また、・・・ 在留期間一年未満の者の押なつ義務が免除されたほか、・・・ 永住者及び特別永住者につき押なつ制度が廃止されるなど社会の状況変化に応じた改正が行われているが、本件当時の制度内容は、押なつ義務が三年に一度で、押なつ対象指紋も一 指のみであり、加えて、その強制も罰則による間接強制にとどまるものであって、精神的、肉体的に過度の苦痛を伴うものとまではいえず、方法としても、一般的に許容される限度を超えな い相当なものであったと認められる。 右のような指紋押なつ制度を定めた外国人登録法一四条一項、一八条一項八号が憲法一三条に違反するものでないことは・・・ 明らかであり(る)。
「何人も憲法13条に基づき、みだりに指紋押捺を強制されない自由を有するが、外国人登録法が定めていた在留外国人についての指紋押捺制度は許容されうる」(平成13年出題) ○
【解説】
外国人登録法によって要求される外国人登録原票などへの指紋押捺の義務づけが憲法13条、14条に反するとして争われた事件。なお、指紋押捺制度は昭和62年、平成4年と改正さ
れ、平成11年の改正において指紋押捺制度は廃止され、署名と写真提出となっている。 ◆判例 S44.12.24 大法廷・判決 昭和40(あ)1187 公務執行妨害、傷害(刑集第23巻12号1625頁) 一 みだりに容ぼう等を撮影されない自由と憲法一三条
二 犯罪捜査のため容ぼう等の写真撮影が許容される限度と憲法一三条、三五条
【要旨】一 何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し許され ない。 二 警察官による個人の容ぼう等の写真撮影は、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、証拠保全の必要性および緊急性があり、その撮影が 一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときは、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、憲法一三条、三五条に違反しない。 【参照・法条】 憲法21条,憲法13条,憲法35条, 憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を 必要とする。」と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個 人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。 これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければ ならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照 らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参 照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければな らない。 ・・・現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえな い相当な方法をもつて行なわれるとき・・・に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれ を除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべきである。
「何人も、その承諾無しにみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有するが、警察官による撮影は、証拠保全の必要性があれば、その撮影の方法を問わず許容される」(平成9年出
題) ×
「警察官が正当な理由もないのに個人の容貌等を撮影することは、憲法13条に違反するが、公共の福祉のために必要な場合は許される場合がある」(平成13年出題) ○
【解説】
デモ行進に際して、警察官が行ったデモ隊の写真撮影の適法性が争われた事件。原告(公務執行妨害・傷害罪で起訴された被告)は、警察官の写真撮影について、権利及び肖像権の侵
害を理由として訴えを起こした。
最高裁は、上記の通り「何人も、その承諾なしにみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が正当な理由もないのに、個人の容貌等を撮影することは、憲法13条の趣旨
に反し許されない」として、肖像権(プライバシーの権利の一種)の具体的権利性を実質的に認めた。
しかし、この自由も無制限に保障されるのではなく、公共の福祉による制約を受けるのであり、@現に犯罪が行われ、もしくは行われた後間がないと認められる場合でA証拠保全の必要
性・緊急性があり、かつBその撮影方法が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われる場合、には、撮影される本人の同意がなくとも警察による個人の容貌・姿態の 撮影は許され、憲法に反しないとした。 自動速度監視装置による運転者の容貌撮影 ◆判例 S61.02.14 第二小法廷・判決 昭和59(あ)1025 道路交通法違反(刑集第40巻1号48頁) 【判示事項】 自動速度監視装置による速度違反車両運転者及び同乗者の容ぼうの写真撮影の合憲性 【要旨】 自動速度監視装置により速度違反車両の運転者及び同乗者の容ぼうを写真撮影することは、憲法一三条に違反しない。 【参照・法条】 憲法13条 ・・・ 速度違反車両の自動撮影を行う本件自動速度監視装置による運転者の容ぼうの写真撮影は、現に犯罪が行われている場合になされ、犯罪の性質、態様からいつて緊急に証拠保 全をする必要性があり、その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであるから、憲法一三条に違反せず、また、右写真撮影の際、運転者の近くにいるため除外できない状 況にある同乗者の容ぼうを撮影することになつても、憲法一三条、二一条に違反しない。
「自動速度監視装置による運転者の容貌の写真撮影は、現に犯罪が行われ、かつ緊急に証拠を保全する必要があり、方法も相当である場合には許される」(平成13年出題) ○
◆判例 H01.12.14 第一小法廷・判決 昭和61(あ)1226 酒税法違反(刑集第43巻13号841頁) 酒税法七条一項、五四条一項の規定と憲法三一条、一三条 【要旨】
酒税法七条一項、五四条一項の規定は、自己消費目的の酒類製造を処罰する場合においても、憲法三一条、一三条に違反しない。
な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり、 これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法三一条、一三条に 違反するものでない。 ◆判例 平成17年11月10日 第一小法廷判決 平成15年(受)第281号 損害賠償請求事件
【要旨】
1 刑事事件の法廷における被疑者の容ぼう等を撮影した行為及びその写真を写真週刊誌に掲載して公表した行為が不法行為法上違法とされた事例
2 刑事事件の法廷における被告人の容ぼう等を描いたイラスト画を写真週刊誌に掲載して公表した行為のうち,手錠をされ,腰縄を付けられた状態を描いたイラスト画の掲載は不法行為
法上違法であるが,その余のイラスト画の掲載は違法ではないとされた事例
内容:
(1) みだりに自己の容ぼう等を撮影され,これを公表されない人格的利益は,被撮影者が刑事事件の被疑者や被告人であっても法的に保護され,本件写真の撮影及び本件第1記事の
本件写真週刊誌への掲載は,被上告人の上記法的に保護された利益である肖像権を侵害する。ある取材,報道行為が他者の肖像権を侵害する結果となる場合であっても,当該取材,報 道行為が公共の利害に関する事項にかかわり,専ら公益を図る目的でされ,当該取材,報道の手段方法がその目的に照らして相当であるという要件を満たすときには,その行為の違法 性が阻却される。これらの要件については,個別にその有無を判断するだけでなく,その程度を勘案して総合的に判断すべきである。本件写真の撮影及び本件第1記事の掲載は,公共の 利害に関する事項にかかわり,専ら公益を図る目的でされたと認められる。しかし,本件写真の撮影方法は相当性を欠き,また,本件第1記事には,被上告人が手錠をされ,腰縄を付けら れた状態であることを殊更指摘する記載があるなど,本件第1記事の説明文も相当性を欠くから,本件写真の撮影及び本件第1記事の掲載の違法性が阻却されるものではない。よって, 上告会社及び上告人Y2は,被上告人に対し,本件写真の撮影及び本件写真を含む本件第1記事の本件写真週刊誌への掲載につき損害賠償責任を負う。
(2) 個人の容ぼう等を描写する手段が写真であるかイラスト画であるかは肖像権侵害の有無を決定する本質的問題とはいえず,イラスト画に描かれた容ぼう等がある特定の人物のもの
であると容易に判断することができるときには,当該イラスト画は,その個人の肖像権を侵害する。本件イラスト画は,被上告人の容ぼう等をとらえたものと容易に判断することができるか ら,被上告人の肖像権を侵害するものである。本件第2記事は,公共の利害に関する事項にかかわるものではあるが,これを全体として見た場合,被上告人が第1事件の訴えを提起した 事実をやゆする意図に出たものであって,本件第2記事の本件写真週刊誌への掲載が専ら公益を図る目的でされたとは認められず,本件イラスト画による肖像権侵害の違法性が阻却され るものではない。本件イラスト画は被上告人の肖像権を侵害するものであり,本件第2記事の文章は,被上告人を侮辱し,又はその名誉を毀損するものであるから,上告人らは,被上告人 に対し,本件イラスト画を含む本件第2記事の本件写真週刊誌への掲載につき損害賠償責任を負う。
人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23
巻12号1625頁参照)。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法 となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の 侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり,人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には,その容ぼう等
が撮影された写真を公表する行為は,被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。
【解説】
和歌山毒物カレー事件で死刑判決を受け上告中の被告人が、写真週刊誌に法廷内の姿を写真やイラストで掲載され、肖像権を侵害されたとして出版社に損害賠償を求めた訴訟。
肖像権を侵害するかどうかは「被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人
格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。」とした。
なお、受験対策として、肖像権に関しては判決文の中にもでてきている京都府学連デモ事件(重要判例)を確認のこと。
◆ 判例 H15.09.12 第二小法廷・判決 平成14(受)1656 損害賠償等請求事件(民集第57巻8号973頁)
【判示事項】
1 大学主催の講演会に参加を申し込んだ学生の氏名,住所等の情報は法的保護の対象となるか
2 大学がその主催する講演会に参加を申し込んだ学生の氏名,住所等の情報を警察に開示した行為が不法行為を構成するとされた事例
【要旨】
1 大学が講演会の主催者として学生から参加者を募る際に収集した参加申込者の学籍番号,氏名,住所及び電話番号に係る情報は,参加申込者のプライバシーに係る情報として法的
保護の対象となる。
2 大学が講演会の主催者として学生から参加者を募る際に収集した参加申込者の学籍番号,氏名,住所及び電話番号に係る情報を参加申込者に無断で警察に開示した行為は,大学
が開示についてあらかじめ参加申込者の承諾を求めることが困難であった特別の事情がうかがわれないという事実関係の下では,参加申込者のプライバシーを侵害するものとして不法行 為を構成する。
(2につき反対意見がある。)
【参照・法条】
民法709条,民法710条
【主文】
原判決中,プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求に関する部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
(1) 被上告人は,早稲田大学等を設置する学校法人である。早稲田大学は,かねてより,諸外国の要人が来日した際,同大学へ招いて,その講演会を開催してきた。早稲田大学は,平
成10年7月下旬ころ,中華人民共和国大使館から,同国の江沢民国家主席が,同年秋ころに来日する際,同大学を訪問したい旨の連絡を受け,同主席の講演会を開催することを計画 し,警視庁,外務省,同大使館等と打ち合わせた上,同年11月28日に同大学の大隈講堂において同主席による本件講演会を開催することを決定し,同大学の学生に対し参加を募ること にした。
(3) 上告人らは,当時早稲田大学の学生であったが,本件講演会への参加を申し込み,本件名簿にその氏名等を記入して,参加証等の交付を受けた。
(4) 早稲田大学は,本件講演会を準備するに当たり,警視庁,外務省,中華人民共和国大使館等から,警備体制について万全を期すよう要請されていた。そこで,早稲田大学の職員,
警視庁の担当者,外務省及び中華人民共和国大使館の各職員らの間において,平成10年7月下旬ころから,数回にわたり,打合せが行われた。その中で,早稲田大学は,警視庁から, 警備のため,本件講演会に出席する者の名簿を提出するよう要請された。
(5) このような要請を受けて,早稲田大学は,内部での議論を経て,本件講演会の警備を警察にゆだねるべく,本件名簿を提出することとした。そこで,総務部管理課において,平成10
年11月25日までに各事務所等から学生部に届けられた本件名簿の写しの提供を受け,同課の職員が,同日又は翌26日の夜,その本件名簿の写しを,早稲田大学の教職員,留学生, プレス関係者等その他のグループの参加申込者の各名簿と併せて,警視庁戸塚署に提出した。早稲田大学は,このような本件名簿の写しの提出について,上告人らの同意は得ていな い。
(6) 上告人らは,本件講演会に参加したが,江主席の講演中に座席から立ち上がって「中国の核軍拡反対」と大声で叫ぶなどしたため,私服の警察官らにより,身体を拘束されて会場
の外に連れ出され,建造物侵入及び威力業務妨害の嫌疑により現行犯逮捕された。その後,上告人らは,本件講演会を妨害したことを理由として早稲田大学からけん責処分に付された。
2 本件は,上告人らが,被上告人に対し,違法な逮捕に協力し無効なけん責処分をしたことを理由とする損害賠償,同処分の無効確認並びに謝罪文の交付及び掲示を求めるとともに,
被上告人が上告人らを含む本件講演会参加申込者の氏名等が記載された本件名簿の写しを無断で警視庁に提出したことが,上告人らのプライバシーを侵害したものであるとして,損害賠 償を求めた事案である。
(1) 本件個人情報は,早稲田大学が重要な外国国賓講演会への出席希望者をあらかじめ把握するため,学生に提供を求めたものであるところ,学籍番号,氏名,住所及び電話番号
は,早稲田大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生で あることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保 護されるべきものであるから,本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。
(2) このようなプライバシーに係る情報は,取扱い方によっては,個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから,慎重に取り扱われる必要がある。本件講演会の主催者
として参加者を募る際に上告人らの本件個人情報を収集した早稲田大学は,上告人らの意思に基づかずにみだりにこれを他者に開示することは許されないというべきであるところ,同大学 が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ, それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては,本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく,上告人らに無断で本件個人情報を警 察に開示した同大学の行為は,上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり,上告人らのプライバシーを侵害するものと して不法行為を構成するというべきである。 ◆昭和63年02月16日 最高裁判所第三小法廷判決 昭和58(オ)1311 謝罪広告等 民集第42巻2号27頁
【判示事項】
一 氏名を正確に呼称される利益
二 テレビ放送のニュース番組において在日韓国人の氏名を日本語読みによつて呼称した行為が違法ではないとされた事例
【裁判要旨】
一 氏名を正確に呼称される利益は、不法行為法上の保護を受け得る利益である。
二 昭和五〇年当時テレビ放送のニュース番組において在日韓国人の氏名をそのあらかじめ表明した意思に反して日本語読みによつて呼称した行為は、在日韓国人の氏名を日本語読
みによつて呼称する慣用的な方法が是認されていた社会的な状況の下では、違法とはいえない。
【参照法条】
民法709条,民法710条
氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であ
つて、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、他人からその氏名を正確に呼称されることについて、不法行為法上の保護を受けうる人格的な利益を有するものという べきである。しかしながら、氏名を正確に呼称される利益は、氏名を他人に冒用されない権利・利益と異なり、その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえな いから、他人に不正確な呼称をされたからといつて、直ちに不法行為が成立するというべきではない。
すなわち、当該他人の不正確な呼称をする動機、その不正確な呼称の態様、呼称する者と呼称される者との個人的・社会的な関係などによつて、呼称される者が不正確な呼称によつて
受ける不利益の有無・程度には差異があるのが通常であり・・・不正確な呼称が明らかな蔑称である場合はともかくとして、不正確に呼称したすべての行為が違法性のあるものとして不法 行為を構成するというべきではなく、むしろ、不正確に呼称した行為であつても、当該個人の明示的な意思に反してことさらに不正確な呼称をしたか、又は害意をもつて不正確な呼称をした などの特段の事情がない限り、違法性のない行為として容認されるものというべきである。 ◆平成18年03月30日 最高裁判所第一小法廷判決 平成17(受)364 建築物撤去等請求事件 民集第60巻3号948頁
【判示事項】
1 良好な景観の恵沢を享受する利益は法律上保護されるか
2 良好な景観の恵沢を享受する利益に対する違法な侵害に当たるといえるために必要な条件
3 直線状に延びた公道の街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し調和がとれた良好な景観を呈している地域において地上14階建ての建物を建築することが良好な景観の恵
沢を享受する利益を違法に侵害する行為に当たるとはいえないとされた事例
【裁判要旨】
1 良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。
2 ある行為が良好な景観の恵沢を享受する利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が,刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,
公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる。
3 南北約1.2kmにわたり直線状に延びた「大学通り」と称される幅員の広い公道に沿って,約750mの範囲で街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し,調和がとれた良好な
景観を呈している地域の南端にあって,建築基準法(平成14年法律第85号による改正前のもの)68条の2に基づく条例により建築物の高さが20m以下に制限されている地区内に地上 14階建て(最高地点の高さ43.65m)の建物を建築する場合において,(1)上記建物は,同条例施行時には既に根切り工事をしている段階にあって,同法3条2項に規定する「現に建築 の工事中の建築物」に当たり,上記条例による高さ制限の規制が及ばないこと,(2)その外観に周囲の景観の調和を乱すような点があるとは認め難いこと,(3)その他,その建築が,当時の 刑罰法規や行政法規の規制に違反したり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するなどの事情はうかがわれないことなど判示の事情の下では,上記建物の建築は,行為の態様その他 の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものではなく,上記の良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益を違法に侵害する 行為に当たるとはいえない。
都市の景観は,良好な風景として,人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成する場合には,客観的価値を有するものというべきである。
・・・良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,こ
れらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。
もっとも,この景観利益の内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであるし,社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ,現時点においては,私法上の権
利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず,景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。
ところで,民法上の不法行為は,私法上の権利が侵害された場合だけではなく,法律上保護される利益が侵害された場合にも成立し得るものである(民法709条)が,本件におけるように
建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害となるかどうかは,被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程 度,侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである。そして,景観利益は,これが侵害された場合に被侵害者の生活妨害や健康被害を生じさせるという性質のものではないこと,景 観利益の保護は一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり,その範囲・内容等をめぐって周辺の住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生ずる ことも予想されるのであるから,景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は,第一次的には,民主的手続により定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定 されているものということができることなどからすれば、ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくともその侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反 するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解す るのが相当である。 |