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基本的人権/法の下の平等
管理職選考受験資格確認等請求事件
地方公務員の待命処分無効確認訴訟
尊属殺重罰規定判決
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国籍法違憲判決
衆議院議員定数違憲判決
外国人の国政選挙権
外国人の地方選挙権
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昭和女子大事件
税理士会政治献金事件
職務命令・公立中学校君が代ピアノ伴奏職務命令の合憲性
基本的人権/精神的自由(信教の自由)
津地鎮祭事件
愛媛県玉串訴訟
自衛官合祀事件
剣道実技拒否事件
箕面市忠魂碑訴訟
宗教法人オウム真理教解散事件
加持祈祷の結果人を死亡させた行為と憲法第二〇条第一項
基本的人権/法の下の平等
◆裁判年月日:平成17年01月26日
◆最高裁判所大法廷・判決
◆民集第59巻1号128頁
【判示事項】
1 地方公共団体が日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることと労働基準法3条,憲法14条1項2 東京都が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた措置が労働基準法3条,憲法14条1項に違反しないとされた事例
【裁判要旨】
1 地方公共団体が,公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。
2 東京都が管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けていたなど判示の事情の下では,職員が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた東京都の措置は,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。
◆ S39.05.27 大法廷・判決 昭和37(オ)1472 待命処分無効確認、判定取消等請求(民集第18巻4号676頁)
【判示事項】
高齢者であることを一応の基準としてなされた地方公務員の待命処分と憲法第一四条第一項および地方公務員法第一三条。
【要旨】
町長が町条例に基づき、過員整理の目的で行なつた町職員に対する待命処分は、五五歳以上の高齢者であることを一応の基準としたうえ、その該当者につきさらに勤務成績等を考慮してなされたものであるときは、憲法第一四条第一項および地方公務員法第一三条に違反しない。
憲法一四条一項及び地方公務員法一三条にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位をいうものと解されるから、高令であるということは右の社会的身分に当らないとの原審の判断は相当と思われるが、右各法条は、国民に対し、法の下の平等を保障したものであり、右各法条に列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではないと解するのが相当であるから、原判決が、高令であることは社会的身分に当らないとの一事により、たやすく上告人の前示主張を排斥したのは、必ずしも十分に意を尽したものとはいえない。しかし、右各法条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない。
本件につき原審が確定した事実を要約すれば、被上告人立山町長は、地方公務員法に基づき制定された立山町待命条例により与えられた権限、すなわち職員にその意に反して臨時待命を命じ又は職員の申出に基づいて臨時待命を承認することができる旨の権限に基づき、立山町職員定員条例による定員を超過する職員の整理を企図し、合併前の旧町村の町村長、助役、収入役であつた者で年令五五歳以上のものについては、後進に道を開く意味でその退職を望み、右待命条例に基づく臨時待命の対象者として右の者らを主として考慮し、右に該当する職員約一〇名位(当時建設課長であつた上告人を含む)に退職を勧告した後、上告人も右に該当する者であり、かつ勤務成績が良好でない等の事情を考慮した上、上告人に対し本件待命処分を行つたというのであるから、本件待命処分は、上告人が年令五五歳以上であることを一の基準としてなされたものであることは、所論のとおりである。
ところで、昭和二九年法律第一九二号地方公務員法の一部を改正する法律附則三項は、地方公共団体は、条例で定める定員をこえることとなる員数の職員については、昭和二九年度及び昭和三〇年度において、国家公務員の例に準じて条例の定めるところによつて、職員にその意に反し臨時待命を命ずることができることにしており、国家公務員については、昭和二九年法律第一八六号及び同年政令第一四四号によつて、過員となる職員で配置転換が困難な事情にあるものについては、その意に反して臨時待命を命ずることができることにしているのであり、前示立山町待命条例ならびに被上告人立山町長が行つた本件待命処分は、右各法令に根拠するものであることは前示のとおりである。しかして、一般に国家公務員につきその過員を整理する場合において、職員のうちいずれを免職するかは、任命権者が、勤務成績、勤務年数その他の事実に基づき、公正に判断して定めるべきものとされていることにかんがみても、前示待命条例により地方公務員に臨時待命を命ずる場合においても、何人に待命を命ずるかは、任命権者が諸般の事実に基づき公正に判断して決定すべきもの、すなわち、任命権者の適正な裁量に任せられているものと解するのが相当である。これを本件についてみても、原判示のごとき事情の下において、任命権者たる被上告人が、五五歳以上の高令であることを待命処分の一応の基準とした上、上告人はそれに該当し、しかも、その勤務成績が良好でないこと等の事情をも考慮の上、上告人に対し本件待命処分に出たことは、任命権者に任せられた裁量権の範囲を逸脱したものとは認められず、高令である上告人に対し他の職員に比し不合理な差別をしたものとも認められないから、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条に違反するものではない。
尊属殺重罰規定判決
◆判例 S48.04.04 大法廷・判決 昭和45(あ)1310 尊属殺人(刑集第27巻3号265頁)
【判示事項】
刑法二〇〇条と憲法一四条一項
【要旨】
刑法二〇〇条は、憲法一四条一項に違反する。
刑法二〇〇条の立法目的は、尊属を卑属またはその配偶者が殺害することをもつて一般に高度の社会的道義的非難に値するものとし、かかる所為を通常の殺人の場合より厳重に処罰し、もつて特に強くこれを禁圧しようとするにあるものと解される。ところで、およそ、親族は、婚姻と血縁とを主たる基盤とし、互いに自然的な敬愛と親密の情によつて結ばれていると同時に、その間おのずから長幼の別や責任の分担に伴う一定の秩序が存し、通常、卑属は父母、祖父母等の直系尊属により養育されて成人するのみならず、尊属は、社会的にも卑属の所為につき法律上、道義上の責任を負うのであつて、尊属に対する尊重報恩は、社会生活上の基本的道義というべく、このような自然的情愛ないし普遍的倫理の維持は、刑法上の保護に値するものといわなければならない。しかるに、自己または配偶者の直系尊属を殺害するがごとき行為はかかる結合の破壊であつて、それ自体人倫の大本に反し、かかる行為をあえてした者の背倫理性は特に重い非難に値するということができる。
このような点を考えれば、尊属の殺害は通常の殺人に比して一般に高度の社会的道義的非難を受けて然るべきであるとして、このことをその処罰に反映させても、あながち不合理であるとはいえない。そこで、被害者が尊属であることを犯情のひとつとして具体的事件の量刑上重視することは許されるものであるのみならず、さらに進んでこのことを類型化し、法律上、刑の加重要件とする規定を設けても、かかる差別的取扱いをもつてただちに合理的な根拠を欠くものと断ずることはできず、したがつてまた、憲法一四条一項に違反するということもできないものと解する。
さて、右のとおり、普通殺のほかに尊属殺という特別の罪を設け、その刑を加重すること自体はただちに違憲であるとはいえないのであるが、しかしながら、刑罰加重の程度いかんによつては、かかる差別の合理性を否定すべき場合がないとはいえない。すなわち、加重の程度が極端であつて、前示のごとき立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならず、かかる規定は憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならない。
この観点から刑法二〇〇条をみるに、同条の法定刑は死刑および無期懲役刑のみであり、普通殺人罪に関する同法一九九条の法定刑が、死刑、無期懲役刑のほか三年以上の有期懲役刑となつているのと比較して、刑種選択の範囲が極めて重い刑に限られていることは明らかである。もつとも、現行刑法にはいくつかの減軽規定が存し、これによつて法定刑を修正しうるのであるが、現行法上許される二回の減軽を加えても、尊属殺につき有罪とされた卑属に対して刑を言い渡すべきときには、処断刑の下限は懲役三年六月を下ることがなく、その結果として、いかに酌量すべき情状があろうとも法律上刑の執行を猶予することはできないのであり、普通殺の場合とは著しい対照をなすものといわなければならない。
刑法二〇〇条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法一九九条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならず、したがつて、尊属殺にも刑法一九九条を適用するのほかはない。
【解説】
実父に姦淫され、以後、夫婦同様の生活を強いられてきた被告人が、虐待にたまりかねて実父を殺害した事件。最高裁はそれまでの判例を変更し、刑法200条を違憲無効(法令違憲・・・法令そのものを違憲とする)とし、被告人に刑法199条の普通殺人罪を適用したうえで、執行猶予の判決を下した。(ただし、8名の裁判官が立法目的は合理的であるが、刑の加重の程度が極端であり立法目的達成手段として不合理であるとし、6名の裁判官は立法目的自体が違憲であるとした。)なお、1995年の刑法改正において、200条・205条2項(尊属傷害致死罪)は削除された。
刑法200条 「自己又は配偶者の直系尊属を殺したるものは死刑又は無期懲役に処す」
刑法199条 「人を殺した者は、死刑又は無期もしくは3年以上の懲役に処する」
上記のように、普通殺人に比べて尊属殺に重罰を科していたが、このように尊属殺を特別に扱うことが憲法の保障する法の下の平等に反するのではないかという問題である。
最高裁は刑法205条2項の尊属傷害致死罪の規定が争われた事件で、「刑法において尊属親に対する殺人、傷害致死等が一般の場合に比して重く罰せられているのは、法が子の親に対する道徳的義務をとくに重要視したもの」であり、「夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳は、人倫の大本、古今東西を問わず承認せられているところの人類普遍の道徳原理」であるとして同条を合憲とし(最大判昭和25年10月11日・刑集4巻10号2037頁)、刑法200条についても、同判決を引用して合憲とした(最大判昭和25年10月25日・刑集4巻10号2126頁)。
その後、判例変更を行い、違憲判決を下したのが上記判例である。ただし、注意すべきは、違憲の理由について、親の尊重という立法目的には合理性を認めた上で、刑罰が普通殺に比べ厳しすぎるという点であるとした点である。つまり、刑を死刑と無期に限っていることから、最大回数減刑を行っても懲役3年6か月を下らないため、執行猶予を行うことができないということが、普通殺の場合と違いすぎるということである。
◆判例 H07.07.05 大法廷・決定 平成3(ク)143 遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告(民集第49巻7号1789頁)
【判示事項】
民法九〇〇条四号ただし書前段と憲法一四条一項
【要旨】
民法九〇〇条四号ただし書前段は、憲法一四条一項に違反しない。
【参照・法条】
憲法14条1項,民法900条
所論は、要するに、嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の相続分を嫡出である子(以下「嫡出子」という。)の相続分の二分の一と定めた民法九〇〇条四号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は憲法一四条一項に違反するというのである。
一 憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない。
・・・ 民法が法律婚主義を採用した結果として、婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ、親子関係の成立などにつき異なった規律がされ、また、内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても、それはやむを得ないところといわなければならない。
本件規定の立法理由は、法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに、他方、被相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して、非嫡出子に嫡出子の二分の一の法定相続分を認めることにより、非嫡出子を保護しようとしたものであり、法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。これを言い換えれば、民法が法律婚主義を採用している以上、法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが、他方、非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものであると解される。
現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから、右のような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであり、本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の二分の一としたことが、右立法理由との関連において著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって、本件規定は、合理的理由のない差別とはいえず、憲法一四条一項に反するものとはいえない。
◆平成20年06月04日 最高裁判所大法廷判決 平成19(行ツ)164 国籍確認請求事件
【裁判要旨】
1 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した場合に限り日本国籍の取得を認めていることにより国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも平成17年当時において,憲法14条1項に違反する
2 日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子は,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の国籍取得の要件が満たされるときは,日本国籍を取得する
■本件は,法律上の婚姻関係にない日本国民である父とフィリピン共和国籍を有する母との間に本邦において出生した上告人らが,出生後父から認知を受けたことを理由として平成17年に法務大臣あてに国籍取得届を提出したところ,国籍取得の条件を備えておらず,日本国籍を取得していないものとされたことから,被上告人に対し,日本国籍を有することの確認を求めている事案である。
■国籍法2条1号,3条について
国籍法2条1号は,子は出生の時に父又は母が日本国民であるときに日本国民とする旨を規定して,日本国籍の生来的取得について,いわゆる父母両系血統主義によることを定めている。したがって,子が出生の時に日本国民である父又は母との間に法律上の親子関係を有するときは,生来的に日本国籍を取得することになる。
国籍法3条1項は,「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は,認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父又は母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる。」と規定し,同条2項は,「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を取得する。」と規定している。同条1項は,父又は母が認知をした場合について規定しているが,日本国民である母の非嫡出子は,出生により母との間に法律上の親子関係が生ずると解され,また,日本国民である父が胎児認知した子は,出生時に父との間に法律上の親子関係が生ずることとなり,それぞれ同法2条1号により生来的に日本国籍を取得することから,同法3条1項は,実際上は,法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子で,父から胎児認知を受けていないものに限り適用されることになる。
■国籍法3条1項による国籍取得の区別の憲法適合性について
所論は,国籍法3条1項の規定が,日本国民である父の非嫡出子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者に限り日本国籍の取得を認めていることによって,同じく日本国民である父から認知された子でありながら父母が法律上の婚姻をしていない非嫡出子は,その余の同項所定の要件を満たしても日本国籍を取得することができないという区別(以下「本件区別」という。)が生じており,このことが憲法14条1項に違反するとした上で,国籍法3条1項の規定のうち本件区別を生じさせた部分のみが違憲無効であるとし,上告人らには同項のその余の規定に基づいて日本国籍の取得が認められるべきである旨をいうものである。
(1) 憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきことは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
憲法10条は,「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定し,これを受けて,国籍法は,日本国籍の得喪に関する要件を規定している。憲法10条の規定は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,政治的,社会的及び経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があることから,これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断にゆだねる趣旨のものであると解される。
しかしながら,このようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別が,合理的理由のない差別的取扱いとなるときは,憲法14条1項違反の問題を生ずることはいうまでもない。すなわち,立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な理由のない差別として,同項に違反するものと解されることになる。
・・・我が国を取り巻く国内的,国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると,準正を出生後における届出による日本国籍取得の要件としておくことについて,・・・立法目的との間に合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっているというべきである。
・・・一方,国籍法は・・・父母両系血統主義を採用し,日本国民である父又は母との法律上の親子関係があることをもって我が国との密接な結び付きがあるものとして日本国籍を付与するという立場に立って,出生の時に父又は母のいずれかが日本国民であるときには子が日本国籍を取得するものとしている(2条1号)。その結果,日本国民である父又は母の嫡出子として出生した子はもとより,日本国民である父から胎児認知された非嫡出子及び日本国民である母の非嫡出子も,生来的に日本国籍を取得することとなるところ,同じく日本国民を血統上の親として出生し,法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず,日本国民である父から出生後に認知された子のうち準正により嫡出子たる身分を取得しないものに限っては,生来的に日本国籍を取得しないのみならず,同法3条1項所定の届出により日本国籍を取得することもできないことになる。このような区別の結果,日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子のみが,日本国籍の取得について著しい差別的取扱いを受けているものといわざるを得ない。
日本国籍の取得が,前記のとおり,我が国において基本的人権の保障等を受ける上で重大な意味を持つものであることにかんがみれば,以上のような差別的取扱いによって子の被る不利益は看過し難いものというべきであり,このような差別的取扱いについては,前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだし難いといわざるを得ない。とりわけ,日本国民である父から胎児認知された子と出生後に認知された子との間においては,日本国民である父との家族生活を通じた我が国社会との結び付きの程度に一般的な差異が存するとは考え難く,日本国籍の取得に関して上記の区別を設けることの合理性を我が国社会との結び付きの程度という観点から説明することは困難である。
また,父母両系血統主義を採用する国籍法の下で,日本国民である母の非嫡出子が出生により日本国籍を取得するにもかかわらず,日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子が届出による日本国籍の取得すら認められないことには,両性の平等という観点からみてその基本的立場に沿わないところがあるというべきである。
上記で説示した事情を併せ考慮するならば,国籍法が,同じく日本国民との間に法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず,上記のような非嫡出子についてのみ,父母の婚姻という,子にはどうすることもできない父母の身分行為が行われない限り,生来的にも届出によっても日本国籍の取得を認めないとしている点は,今日においては,立法府に与えられた裁量権を考慮しても,我が国との密接な結び付きを有する者に限り日本国籍を付与するという立法目的との合理的関連性の認められる範囲を著しく超える手段を採用しているものというほかなく,その結果,不合理な差別を生じさせているものといわざるを得ない。
以上によれば,本件区別については,これを生じさせた立法目的自体に合理的な根拠は認められるものの,立法目的との間における合理的関連性は,我が国の内外における社会的環境の変化等によって失われており,今日において,国籍法3条1項の規定は,日本国籍の取得につき合理性を欠いた過剰な要件を課するものとなっているというべきである。しかも,本件区別については・・・日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子に対して,日本国籍の取得において著しく不利益な差別的取扱いを生じさせているといわざるを得ず,国籍取得の要件を定めるに当たって立法府に与えられた裁量権を考慮しても,この結果について,上記の立法目的との間において合理的関連性があるものということはもはやできない。
そうすると,本件区別は,遅くとも上告人らが法務大臣あてに国籍取得届を提出した当時には,立法府に与えられた裁量権を考慮してもなおその立法目的との間において合理的関連性を欠くものとなっていたと解される。
したがって,上記時点において,本件区別は合理的な理由のない差別となっていたといわざるを得ず,国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは,憲法14条1項に違反するものであったというべきである。
◆判例 S51.04.14 大法廷・判決 昭和49(行ツ)75 選挙無効請求(民集第30巻3号223頁)
【判示事項】
一、憲法一四条項、一五条一、三項、四四条目し書と国会両議院議員の選挙における選挙人の投票価値の平等
【要旨】
一、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但し書は、国会両議院の議員の選挙における選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値が平等であることを要求するものであり、右各選挙につき国会が定めた具体的な選挙制度において、国会が正当に考慮することができる重要な政策的目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができない投票価値の不平等が存するときは、憲法の右規定の違反となる。
三、衆議院議員選挙が憲法に違反する公職選挙法の選挙区及び議員定数の定めに基づいて行われたことにより違法な場合であつても、それを理由として選挙を無効とする判決をすることによつて直ちに違憲状態が是正されるわけではなく、かえつて憲法の所期するところに必ずしも適合しない結果を生ずる判示のような事情などがあるときは、行政事件訴訟法三一条一項の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に従い、選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに当該選挙が違法である旨を主文で宣言すべきである。(事情判決)
憲法は、一四条一項において、すべて国民は法の下に平等であると定め ・・・ 憲法一四条一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり、・・・ 選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが、相当である。
・・・ しかしながら、右の理由から直ちに本件議員定数配分規定を憲法違反と断ずべきかどうかについては ・・・ 右事情によつて具体的な比率の偏差が選挙権の平等の要求に反する程度となつたとしても、これによつて直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とすべきものではなく、・・・ 合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにそれが行われない場合に始めて憲法違反と断ぜられるべきものと解するのが、相当である。
・・・ そこで本件について考えてみるのに、本件選挙が憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われたものであることは上記のとおりであるが、そのことを理由としてこれを無効とする判決をしても、これによつて直ちに違憲状態が是正されるわけではなく、かえつて憲法の所期するところに必ずしも適合しない結果を生ずることは、さきに述べたとおりである。これらの事情等を考慮するときは、本件においては、前記の法理にしたがい、本件選挙は憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示するにとどめ、選挙自体はこれを無効としないこととするのが、相当であり、そしてまた、このような場合においては、選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに、当該選挙が違法である旨を主文で宣言するのが、相当である。
外国人の国政選挙権
◆最高裁平成5年2月26日判決 判例時報1452号37頁
【参照法令】 日本国憲法14条/日本国憲法15条
国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法九条一項の規定が憲法一五条、一四条の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁の趣旨に徴して明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
「公務員を選定し、およびこれを罷免することは、人類普遍の権利である」(平成14年出題) ×
外国人の地方選挙権
◆H07.02.28 第三小法廷・判決 平成5(行ツ)163 選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消(民集第49巻2号639頁)
【判示事項】
日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項と憲法一五条一項、九三条二項
【要旨】
日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項は、憲法一五条一項、九三条二項に違反しない。
【参照・法条】
憲法15条1項,憲法93条2項,地方自治法11条,地方自治法18条,公職選挙法9条2項
憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。
そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。
そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。
そして、 ・・・ 憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。
このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。
しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。
【解説】
永住者の資格を持つ在日韓国人らが、定住外国人は地方公共団体の選挙権を憲法上保障されているはずであるからとして、選挙人名簿への登録を求めたところ、選挙管理委員会が却下の決定を行ったことに対し、その却下決定の取消しを求めて争った事件。
「地方公共団体の議会の議員を選挙する権利は、外国人にも保障されている」(平成4年出題) ×
「いわゆる定住外国人に地方公共団体の長や議会の議員等に対する選挙権を付与する法律は、国民主権主義の侵害であるから違憲である」(平成12年出題) ×
◆判例 S33.10.15 大法廷・判決 昭和29(あ)267 売春等取締条例違反(刑集第12巻14号3305頁)
【判示事項】
地方公共団体が制定する売春取締に関する条例の合憲性。
【要旨】
地方公共団体が売春の取締について各別に条例を制定する結果、その取扱に差別を生ずることがあつても、憲法第一四条に違反しない。
【参照・法条】
憲法14条,憲法94条,地方自治法14条1項,地方自治法14条5項,地方自治法2条3項1号,地方自治法2条3項7号
社会生活の法的規律は通常、全国にわたり劃一的な効力をもつ法律によつてなされているけれども、中には各地方の特殊性に応じその実情に即して規律するためにこれを各地方公共団体の自治に委ねる方が一層合目的的なものもあり、またときにはいずれの方法によつて規律しても差支えないものもある。これすなわち憲法九四条が、地方公共団体は「法律の範囲内で条例を制定することができる」と定めている所以である。地方自治法は、憲法のこの規定に基き、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、その事務に関し、条例を制定することができる旨を規定し(同法一四条一項)、その事務として、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」(同法二条三項一号)や「風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の保健衛生、風俗のじゅん化に関する事項を処理すること」(同条同項七号)等を例示している。そして条例中には、法令に特別の定があるものを除く外、「条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、十万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する旨の規定を設けることができる」(同法一四条五項)としているのである。本件東京都売春等取締条例は前記憲法九四条並に地方自治法の諸条規に基いて制定されたものである。
・・・ 憲法が各地方公共団体の条例制定権を認める以上、地域によつて差別を生ずることは当然に予期されることであるから、かかる差別は憲法みずから容認するところであると解すべきである。それ故、地方公共団体が売春の取締について各別に条例を制定する結果、その取扱に差別を生ずることがあつても、所論のように地域差の故をもつて違憲ということはできない。
基本的人権/精神的自由権(思想・良心の自由)
◆判例 S31.07.04 大法廷・判決 昭和28(オ)1241 謝罪広告請求(民集第10巻7号785頁)
【判示事項】
一 謝罪広告を命ずる判決と強制執行。
二 右判決は憲法第一九条に反しないか。
【要旨】
一 新聞紙に謝罪広告を掲載することを命ずる判決は、その広告の内容が単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明する程度のものにあつては、民訴第七三三条により代替執行をなし得る。
二 右判決は憲法第一九条に反しない。
【参照・法条】憲法19条
憲法二一条は言論の自由を無制限に保障しているものではない。そして・・・他人の行為に関して無根の事実を公表し、その名誉を毀損することは言論の自由の乱用であつて・・・憲法の保障する言論の自由の範囲内に属すると認めることはできない。
【解説】
衆議院選挙において立候補した候補者Xが、その選挙運動中に、ラジオ・新聞を通じて対立候補者Yが県副知事在職中に汚職を行った旨公表した。これに対し、対立候補者Yが、虚偽の事実の公表によって名誉を毀損されたとして謝罪文を新聞紙上に掲載することを求める訴えを提起した。これを認めた1審、2審に対して、「自己の言説が真実であり国民のためになると確信し、したがって謝罪の意思のない者に対し、その名で謝罪広告を強制させることは、憲法19条が保障する良心の自由の侵害にあたる」としてXが上告した事件である。
憲法19条は「思想及び良心の自由は侵してはならない」としている。ここにいう「思想」と「良心」はともに一体的なものとして個人の内心におけるものの見方、考え方全般を指すとされる(多数説)が、思想・良心がいかなる範囲まで含むのかについては学説上二つの説が対立している。
思想・良心の自由を「人の内心におけるものの見方ないし考え方の自由」と広く考えるのが広義説(内心説)であり、一方、「世界観・人生観、思想体系、政治的意見などのように人格形成に役立つ内心の活動に限定して、単なる事実の知・不知などのような人格形成に関連のないものは含まれない」とするのが限定説(信条説)である。本判決の場合は、限定説に立ったものと考えられる。
勤表長野方式事件
◆判例 S47.11.30 第一小法廷・判決 昭和41(行ツ)35 勤務評定実施要領等の義務不存在確認請求(民集第26巻9号1746頁)
【判示事項】
いわゆる勤評長野方式における自己評定義務の不存在確認の訴の適否
【要旨】
長野県教育委員会教育長の通達により同通達の定める勤務評定書(いわゆる長野方式)に自己観察の結果を表示することを命ぜられた教職員が、その表示義務の不履行に対して懲戒その他の不利益処分を受けるのを防止するために、あらかじめ右義務を負わないことの確認を求める訴は、不利益処分を受けたのちこれに関する訴訟において義務の存否を争うことによつては回復しがたい重大な損害を被るおそれがあるなど、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がないかぎり、訴の利益を欠き不適法である。
ところで、具体的・現実的な争訟の解決を目的とする現行訴訟制度のもとにおいては、義務違反の結果として将来なんらかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけで、その処分の発動を差し止めるため、事前に右義務の存否の確定を求めることが当然許されるわけではなく、当該義務の履行によつて侵害を受ける権利の性質およびその侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性およびその内容または性質等に照らし、右処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合は格別、そうでないかぎり、あらかじめ右のような義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできないものと解すべきである。
本件において原審の確定するところによれば、本件通達は、自己観察ならびに希望事項欄の記載方法として、自己評価に基づき、たとえば「学校の指導計画が適確に実施されるようにくふうしているか」、「分掌した校務を積極的に処理しているか」、「熱意をもつて仕事にうちこんでいるか」というような観察内容や各項目等を参考にして、つとめて具体的に記入することと定めているにすぎない、というのであつて、その文言自体、これを最大限に拡大して解釈するのでなければ、記入者の有する世界観、人生観、教育観等の表明を命じたものと解することはできない。してみれば、本件通達によつて記載を求められる事項が、上告人らの主張するような内心的自由等に重大なかかわりを有するものと認めるべき合理的根拠はなく、上告人らがこれを表示しなかつたとしても、ただちに義務違反の責めを問われることが確実であるとは認められず、その他、上告人らにおいて不利益処分をまつて義務の存否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情の存在は、いまだこれを見出すことができないのである。
【解説】
長野県で教職員の勤務評定を実施するにあたり、教職員に自己の職務、勤務、研修その他の事項につき自己観察の結果の記載を命ずることが19条に違反しないかということについて争われた事件で、最高裁は「記入者の有する世界観・人生観・教育観などの表明を命じたものと解することはできない」のであり、「内心的自由などに重大なかかわりを有するものとは認められない」とした。
医療法人亮正会事件(ポストノーティス事件)
◆最判平成2.3.6判時1357号144頁
ポストノーティス命令は労働委員会によって不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ、同種行為の再発を抑制しようとする趣旨のものであり、「深く陳謝する」との文言は、同種行為を繰り返さない旨の約束文言を強調する趣旨に出たものであり、会社に対し陳謝の意思表明を要求することは右命令の本旨とするところではなく、19条違反の主張はその前提を欠く。
【ポストノーティス】
不当労働行為を行った使用者が、陳謝又は今後不当労働行為を繰り返さないことを掲示、文書交付等により知らせること。不当労働行為の救済命令の一つとしてなされる。
麹町中学内申書事件
◆最判昭和63.7.15判時1287号65頁
高校進学希望の生徒が、内申書に「校内において麹町中全共闘を名乗り、機関誌を発行、文化祭の際に粉砕を叫んで、他校の生徒と共に校内に乱入ビラまきを行った等」の記載があったことなどが理由で受験したすべての高校に不合格になったため、国家賠償法による損害賠償を求めた事例。最高裁は、憲法19条違反の主張を、「いずれの記載も、上告人の思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであり、右の記載にかかる外部的行為によっては上告人の思想、信条を了知し得るものではないし、また、上告人の思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができない」とした。
◆裁判年月日:昭和49年07月19日
◆法廷名:最高裁判所第三小法廷・判決
◆民集第28巻5号790頁
【判示事項】
一、私立大学における学生の政治的活動に対する規制の合理性
二、学生の退学処分と学長の裁量権
三、私立大学の学生に対する退学処分の効力が是認された事例
【裁判要旨】
一、私立大学において、その建学の精神に基づく校風と教育方針に照らし、学生が政治的目的の署名運動に参加し又は政治的活動を目的とする学外団体に加入するのを放任することは教育上好ましくないとする見地から、学則等により、学生の署名運動について事前に学校当局に届け出るべきこと及び学生の学外団体加入について学校当局の許可を受けるべきことを定めても、これをもつて直ちに学生の政治的活動の自由に対する不合理な規制ということはできない。
二、学校教育法施行規則一三条三項四号により学生の退学処分を行うにあたり、当該学生に対して学校当局のとつた措置が本人に反省を促すための補導の面において欠けるところがあつたとしても、それだけで退学処分が違法となるものではなく、その点をも含めた諸般の事情を総合的に観察して、退学処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものでないかぎり、その処分は、学長の裁量権の範囲内にあるものというべきである。
三、学生の思想の穏健中正を標榜する保守的傾向の私立大学の学生が、学則に違反して、政治的活動を目的とする学外団体に無許可で加入し又は加入の申込をし、かつ、無届で政治的目的の署名運動をした事案において、これに対する学校当局の措置が、学生の責任を追及することに急で、反省を求めるために説得に努めたとはいえないものであつたとしても、他方、右学生は、学則違反についての責任の自覚歩うすく、学外団体からの離脱を求める学校当局の要求に従う意思はなく、説諭に対して終始反発したうえ、週刊誌や学外集会等において公然と学校当局の措置を非難するような行動をしたなど判示の事情があるときは、学校教育法施行規則一三条三項四号により右学生に対してされた退学処分は、学長に認められた裁量権の範囲内にあるものとしてその効力を是認すべきである。
◆判例 H08.03.19 第三小法廷・判決 平成4(オ)1796 選挙権被選挙権停止処分無効確認等(民集第50巻3号615頁)
【判示事項】
一 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することと税理士会の目的の範囲
二 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付するために特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議の効力
【要旨】
一 税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することは、税理士会の目的の範囲外の行為である。
二 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議は無効である。
【参照・法条】憲法19条
税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。
職務命令・公立中学校君が代ピアノ伴奏職務命令の合憲性
◆平成19年02月27日 最高裁判所第三小法廷 判決 平成16(行ツ)328 戒告処分取消請求事件(民集 第61巻1号291頁)
【判示事項】
市立小学校の校長が音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うよう命じた職務命令が憲法19条に違反しないとされた事例
【裁判要旨】
市立小学校の校長が職務命令として音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うよう命じた場合において
(1)上記職務命令は「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる同教諭の歴史観ないし世界観自体を直ちに否定するものとは認められないこと
(2)入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をする行為は,音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであり,当該教諭等が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難であって,前記職務命令は前記教諭に対し特定の思想を持つことを強制したりこれを禁止したりするものではないこと
(3)前記教諭は地方公務員として法令等や上司の職務上の命令に従わなければならない立場にあり,前記職務命令は,小学校教育の目標や入学式等の意義,在り方を定めた関係諸規定の趣旨にかなうものであるなど,その目的及び内容が不合理であるとはいえないこと
など判示の事情の下では,前記職務命令は,前記教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。
【参照法条】
憲法15条2項,憲法19条,地方公務員法30条,地方公務員法32条,学校教育法18条2号 等
1 本件は,市立小学校の音楽専科の教諭である上告人が,入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うことを内容とする校長の職務上の命令に従わなかったことを理由に被上告人から戒告処分を受けたため,上記命令は憲法19条に違反し,上記処分は違法であるなどとして,被上告人に対し,上記処分の取消しを求めている事案である。
( 中 略 )
3 上告代理人吉峯啓晴ほかの上告理由第2のうち本件職務命令の憲法19条違反をいう部分について
(1) 上告人は,「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており,これを公然と歌ったり,伴奏することはできない,また,子どもに「君が代」がアジア侵略で果たしてきた役割等の正確な歴史的事実を教えず,子どもの思想及び良心の自由を実質的に保障する措置を執らないまま「君が代」を歌わせるという人権侵害に加担することはできないなどの思想及び良心を有すると主張するところ,このような考えは,「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる上告人自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。しかしながら,学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは,上告人にとっては,上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが,一般的には,これと不可分に結び付くものということはできず,上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が,直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。
(2) 他方において,本件職務命令当時,公立小学校における入学式や卒業式において,国歌斉唱として「君が代」が斉唱されることが広く行われていたことは周知の事実であり,客観的に見て,入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をするという行為自体は,音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであって,上記伴奏を行う教諭等が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難なものであり,特に,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるといわざるを得ない。
本件職務命令は,上記のように,公立小学校における儀式的行事において広く行われ,A小学校でも従前から入学式等において行われていた国歌斉唱に際し,音楽専科の教諭にそのピアノ伴奏を命ずるものであって,上告人に対して,特定の思想を持つことを強制したり,あるいはこれを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものでもなく,児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。
(3) さらに,憲法15条2項は,「すべて公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではない。」と定めており,地方公務員も,地方公共団体の住民全体の奉仕者としての地位を有するものである。こうした地位の特殊性及び職務の公共性にかんがみ,地方公務員法30条は,地方公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し,かつ,職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならない旨規定し,同法32条は,上記の地方公務員がその職務を遂行するに当たって,法令等に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨規定するところ,上告人は,A小学校の音楽専科の教諭であって,法令等や職務上の命令に従わなければならない立場にあり,校長から同校の学校行事である入学式に関して本件職務命令を受けたものである。そして,学校教育法18条2号は,小学校教育の目標として「郷土及び国家の現状と伝統について,正しい理解に導き,進んで国際協調の精神を養うこと。」を規定し,学校教育法(平成11年法律第87号による改正前のもの)20条,学校教育法施行規則(平成12年文部省令第53号による改正前のもの)25条に基づいて定められた小学校学習指導要領(平成元年文部省告示第24号)第4章第2D(1)は,学校行事のうち儀式的行事について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定めるところ,同章第3の3は,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。
入学式等において音楽専科の教諭によるピアノ伴奏で国歌斉唱を行うことは,これらの規定の趣旨にかなうものであり,A小学校では従来から入学式等において音楽専科の教諭によるピアノ伴奏で「君が代」の斉唱が行われてきたことに照らしても,本件職務命令は,その目的及び内容において不合理であるということはできないというべきである。
(4) 以上の諸点にかんがみると,本件職務命令は,上告人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に反するとはいえないと解するのが相当である。
基本的人権/精神的自由権(信教の自由)
津地鎮祭事件
◆判例 S52.07.13 大法廷・判決 昭和46(行ツ)69 行政処分取消等(民集第31巻4号533頁)
【判示事項】
一、憲法における政教分離原則
二、憲法二〇条三項にいう宗教的活動の意義
三、市が主催し神式に則り挙行された市体育館の起工式が憲法二〇条三項にいう宗教的な活動にあたらないとされた事例
【要旨】
一、憲法の政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものである。
二、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいう。
三、市が主催し神式に則り挙行された市体育館の起工式は、宗教とかかわり合いをもつものであることを否定することはできないが、その目的が建築着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従つた儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果が神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない判示の事情のもとにおいては、憲法二〇条三項にいう宗教的活動にあたらない。
【参照・法条】憲法20条・89条
一 本件の経過
本件は、津市体育館の起工式(以下「本件起工式」という。)が、地方公共団体である津市の主催により、同市の職員が進行係となつて、昭和四〇年一月一四日、同市a町の建設現場において、宗教法人大市神社の宮司ら四名の神職主宰のもとに神式に則り挙行され、上告人が、同市市長として、その挙式費用金七六六三円(神職に対する報償費金四〇〇〇円、供物料金三六六三円)を市の公金から支出したことにつき、その適法性が争われたものである。
(一) 憲法における政教分離原則
憲法は、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」(二〇条一項前段)とし、また、「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」(同条二項)として、いわゆる狭義の信教の自由を保障する規定を設ける一方、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」(同条一項後段)、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」(同条三項)とし、更に「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、…………これを支出し、又はその利用に供してはならない。」(八九条)として、いわゆる政教分離の原則に基づく諸規定(以下「政教分離規定」という。)を設けている。
一般に、政教分離原則とは、およそ宗教や信仰の問題は、もともと政治的次元を超えた個人の内心にかかわることがらであるから、世俗的権力である国家(地方公共団体を含む。以下同じ。)は、これを公権力の彼方におき、宗教そのものに干渉すべきではないとする、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を意味するものとされている。
わが国では、・・・昭和二一年一一月三日公布された憲法は、明治維新以降国家と神道とが密接に結びつき前記のような種々の弊害を生じたことにかんがみ、新たに信教の自由を無条件に保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けるに至つたのである。元来、わが国においては、キリスト教諸国や回教諸国等と異なり、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきているのであつて、このような宗教事情のもとで信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結びつきをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大であつた。これらの諸点にかんがみると、憲法は、政教分離規定を設けるにあたり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたもの、と解すべきである。
しかしながら、元来、政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であつて、信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。ところが、宗教は、信仰という個人の内心的な事象としての側面を有するにとどまらず、同時に極めて多方面にわたる外部的な社会事象としての側面を伴うのが常であつて、この側面においては、教育、福祉、文化、民俗風習など広汎な場面で社会生活と接触することになり、そのことからくる当然の帰結として、国家が、社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するにあたつて、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れえないこととなる。したがつて、現実の国家制度として、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。更にまた、政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえつて社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れないのであつて、例えば、特定宗教と関係のある私立学校に対し一般の私立学校と同様な助成をしたり、文化財である神社、寺院の建築物や仏像等の維持保存のため国が宗教団体に補助金を支出したりすることも疑問とされるに至り、それが許されないということになれば、そこには、宗教との関係があることによる不利益な取扱い、すなわち宗教による差別が生ずることになりかねず、また例えば、刑務所等における教誨活動も、それがなんらかの宗教的色彩を帯びる限り一切許されないということになれば、かえつて受刑者の信教の自由は著しく制約される結果を招くことにもなりかねないのである。これらの点にかんがみると、政教分離規定の保障の対象となる国家と宗教との分離にもおのずから一定の限界があることを免れず、政教分離原則が現実の国家制度として具現される場合には、それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし、国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いをもたざるをえないことを前提としたうえで、そのかかわり合いが、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、いかなる場合にいかなる限度で許されないこととなるかが、問題とならざるをえないのである。
右のような見地から考えると、わが憲法の前記政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。
(二) 憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動
憲法二〇条三項は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定するが、ここにいう宗教的活動とは、前述の政教分離原則の意義に照らしてこれをみれば、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであつて、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。その典型的なものは、同項に例示される宗教教育のような宗教の布教、教化、宣伝等の活動であるが、そのほか宗教上の祝典、儀式、行事等であつても、その目的、効果が前記のようなものである限り、当然、これに含まれる。そして、この点から、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するにあたつては、当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか、その順序作法(式次第)が宗教の定める方式に則つたものであるかどうかなど、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従つて、客観的に判断しなければならない。
(三) 本件起工式の性質
そこで、右の見地に立つて、本件起工式が憲法二〇条三項によつて禁止される宗教的活動にあたるかどうかについて検討する。・・・諸事情を総合的に考慮して判断すれば、本件起工式は、宗教とかかわり合いをもつものであることを否定しえないが、その目的は建築着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従つた儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果は神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められないのであるから、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動にはあたらないと解するのが、相当である。
(平成2年・7年出題)
愛媛県玉串訴訟
◆判例 H09.04.02 大法廷・判決 平成4(行ツ)156 損害賠償代位(民集第51巻4号1673頁)
【判示事項】
一 県が靖國神社又は護國神社の挙行した例大祭、みたま祭又は慰霊大祭に際し玉串料、献灯料又は供物料を県の公金から支出して奉納したことが憲法二〇条三項、八九条に違反するとされた事例
【要旨】
一 愛媛県が、宗教法人靖國神社の挙行した恒例の宗教上の祭祀である例大祭に際し玉串料として九回にわたり各五〇〇〇円(合計四万五〇〇〇円)を、同みたま祭に際し献灯料として四回にわたり各七〇〇〇円又は八〇〇〇円(合計三万一〇〇〇円)を、宗教法人愛媛県護國神社の挙行した恒例の宗教上の祭祀である慰霊大祭に際し供物料として九回にわたり各一万円(合計九万円)を、それぞれ県の公金から支出して奉納したことは、一般人がこれを社会的儀礼にすぎないものと評価しているとは考え難く、その奉納者においてもこれが宗教的意義を有する者であるという意識を持たざるを得ず、これにより県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができないのであり、これが、一般人に対して、県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており右宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ないなど判示の事情の下においては、憲法二〇条三項、八九条に違反する。
・・・政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。そして、国家が社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するに当たって、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れることはできないから・・・国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。さらにまた、政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえって社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れない。これらの点にかんがみると・・・国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いを持たざるを得ないことを前提とした上で、そのかかわり合いが、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、いかなる場合にいかなる限度で許されないこととなるかが問題とならざるを得ないのである。右のような見地から考えると、憲法の政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。
右の政教分離原則の意義に照らすと、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そして、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。
憲法八九条が禁止している公金その他の公の財産を宗教上の組織又は団体の使用、便益又は維持のために支出すること又はその利用に供することというのも、前記の政教分離原則の意義に照らして、公金支出行為等における国家と宗教とのかかわり合いが前記の相当とされる限度を超えるものをいうものと解すべきであり、これに該当するかどうかを検討するに当たっては、前記と同様の基準によって判断しなければならない。
・・・ 以上の事情を総合的に考慮して判断すれば、県が本件玉串料等靖國神社又は護國神社に前記のとおり奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖國神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、憲法二〇条三項の禁止する宗教的活動に当たると解するのが相当である。そうすると、本件支出は、同項の禁止する宗教的活動を行うためにしたものとして、違法というべきである。
(二) また、靖國神社及び護國神社は憲法八九条にいう宗教上の組織又は団体に当たることが明らかであるところ・・・ 本件玉串料等を靖國神社又は護國神社に・・・ 奉納したことによってもたらされる県と靖國神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと解されるのであるから、本件支出は、同条の禁止する公金の支出に当たり、違法というべきである。
自衛官合祀事件
【事件番号】 昭和57(オ)902
【事件名】 自衛隊らによる合祀手続の取消等請求事件
【裁判年月日】 昭和63年06月01日
【法廷名】 最高裁判所大法廷
【裁判種別】 判決
【結果】 破棄自判
【判例集】民集 第42巻5号277頁
【判示事項】
一 私的団体が護国神社に対し殉職自衛隊員の合祀を申請する過程において自衛隊職員のした行為が憲法二〇条三項にいう宗教的活動に当たらないとされた事例
二 死去した配偶者の追慕、慰霊等に関して私人がした宗教上の行為によつて信仰生活の静謐が害された場合と法的利益の侵害の有無
【裁判要旨】
一 社団法人E会のF支部連合会がa県護国神社に対して殉職自衛隊員の合祀を申請する過程において、自衛隊Aiの職員が合祀実現により自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図る意図、目的の下に右連合会に協力して、他のAiに対し殉職自衛隊員の合祀状況等を照会し、その回答を右連合会会長に閲覧させるなどした行為は、宗教とのかかわり合いが間接的で、職員の宗教的意識もどちらかといえば希薄であり、その行為の態様からして国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こし、あるいはこれを援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加える効果をもつものと一般人かち評価される行為とは認められず、憲法二〇条三項にいう宗教的活動に当たらない。
二 死去した配偶者の追慕、慰霊等に関して私人がした宗教上の行為によつて信仰生活の静謐が害されたとしても、それが信教の自由の侵害に当たり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超える場合でない限り、法的利益が侵害されたとはいえない。
【参照法条】 憲法20条,民法709条
本件合祀申請という行為は、殉職自衛隊員の氏名とその殉職の事実を県護国神社に対し明らかにし、合祀の希望を表明したものであつて、宗教とかかわり合いをもつ行為であるが、合祀の前提としての法的意味をもつものではない。そして、本件合祀申請に至る過程において県E会に協力してした地連職員の具体的行為は前記のとおりであるところ、その宗教とのかかわり合いは間接的であり、その意図、目的も、合祀実現により自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図ることにあつたと推認されることは前記のとおりであるから、どちらかといえばその宗教的意識も希薄であつたといわなければならないのみならず、その行為の態様からして、国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こし、あるいはこれを援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるような効果をもつものと一般人から評価される行為とは認め難い。したがつて、地連職員の行為が宗教とかかわり合いをもつものであることは否定できないが、これをもつて宗教的活動とまではいうことはできないものといわなければならない。
私人相互間において憲法二〇条一項前段及び同条二項によつて保障される信教の自由の侵害があり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えるときは、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、法的保護が図られるべきである(最高裁昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。しかし、人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によつて害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことのあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば、かえつて相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは、見易いところである。信教の自由の保障は、何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して、それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕、慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし、あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し、その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は、誰にでも保障されているからである。原審が宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。
剣道実技拒否事件
◆判例 H08.03.08 第二小法廷・判決 平成7(行ツ)74 進級拒否処分取消、退学命令処分等取消(民集第50巻3号469頁)
【判示事項】
信仰上の理由により剣道実技の履修を拒否した市立高等専門学校の学生に対する原級留置処分及び退学処分が裁量権の範囲を超える違法なものであるとされた事例
【要旨】
市立高等専門学校の校長が、信仰上の理由により剣道実技の履修を拒否した学生に対し、必修である体育科目の修得認定を受けられないことを理由として二年連続して原級留置処分をし、さらに、それを前提として退学処分をした場合において、右学生は、信仰の核心部分と密接に関連する真しな理由から履修を拒否したものであり、他の体育種目の履修は拒否しておらず、他の科目では成績優秀であった上、右各処分は、同人に重大な不利益を及ぼし、これを避けるためにはその信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせるという性質を有するものであり、同人がレポート提出等の代替措置を認めて欲しい旨申し入れていたのに対し、学校側は、代替措置が不可能というわけでもないのに、これにつき何ら検討することもなく、右申入れを一切拒否したなど判示の事情の下においては、右各処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものというべきである。
【参照・法条】憲法20条
・・・ (学校側は)代替措置を採ることは憲法二〇条三項に違反するとも主張するが、信仰上の真しな理由から剣道実技に参加することができない学生に対し、代替措置として、例えば、他の体育実技の履修、レポートの提出等を求めた上で、その成果に応じた評価をすることが、その目的において宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるともいえないのであって、およそ代替措置を採ることが、その方法、態様のいかんを問わず、憲法二〇条三項に違反するということができないことは明らかである。
・・・ 信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、二年続けて原級留置となったため進級等規程及び退学内規に従って学則にいう「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」に当たるとし、退学処分をしたという上告人の措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない。
箕面市忠魂碑訴訟
◆最判平成5年2月16日 民集47巻3号1687頁
箕面市が小学校の増改築のために、遺族会所有の忠魂碑を別の市所有地に移転・再建したことについて、その費用及び市所有地の無償の使用貸借行為が政教分離原則に反するとして住民訴訟が提起された事件。
箕面市が旧忠魂碑を移設し敷地を無償で貸与した行為について、その目的は小学校の校舎の立て替え等のため戦没者記念碑的な性格を有する施設を他の場所に移設したものであって専ら世俗的なものと認められ、その効果も、特定の宗教を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められず、したがって、箕面市の行為は、宗教とのかかわり合いの程度がわが国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法の禁止する宗教活動には当たらない。
宗教法人オウム真理教解散事件
◆最大判平成8.1.30 民集50巻1号199頁
解散命令があっても、法人格を有しない宗教団体を存続させたり、新たに結成することが妨げられるわけではないから、厳格な要件のもとで行われる解散命令の制度は違憲とは言えない。
加持祈祷の結果人を死亡させた行為と憲法第二〇条第一項
◆ S38.05.15 大法廷・判決 昭和36(あ)485 傷害致死(刑集第17巻4号302頁)
【判示事項】
一 加持祈祷の結果人を死亡させた行為と憲法第二〇条第一項。
【要旨】
精神異常者の平癒を祈願するために宗教行為として加持祈祷行為がなされた場合でも、それが他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、それにより被害者を死に致したものである以上、憲法第二〇条第一項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかなく、これを刑法第二〇五条に該当するものとして処罰することは、何ら憲法の右条項に反するものではない。
憲法二〇条一項は信教の自由を何人に対してもこれを保障することを、同二項は何人も宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されないことを規定しており、信教の自由が基本的人権の一として極めて重要なものであることはいうまでもない。しかし、およそ基本的人権は、国民はこれを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うべきことは憲法一二条の定めるところであり、また同一三条は、基本的人権は、公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする旨を定めており、これら憲法の規定は、決して所論のような教訓的規定というべきものではなく、従つて、信教の自由の保障も絶対無制限のものではない。
これを本件についてみるに、・・・被告人の本件行為は、被害者Aの精神異常平癒を祈願するため、線香護摩による加持祈祷の行としてなされたものであるが、被告人の右加持祈祷行為の動機、手段、方法およびそれによつて右被害者の生命を奪うに至つた暴行の程度等は、医療上一般に承認された精神異常者に対する治療行為とは到底認め得ないというのである。しからば、被告人の本件行為は、所論のように一種の宗教行為としてなされたものであつたとしても、それが・・・他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、これにより被害者を死に致したものである以上、被告人の右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであつて、憲法二〇条一項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはなく、これを刑法二〇五条に該当するものとして処罰したことは、何ら憲法の右条項に反するものではない。