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民法判例 1

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契約の解釈と信義誠実の原則
 権利の濫用(宇奈月温泉事件) 
 権利の濫用(信玄公旗掛松事件)
権利失効の原則
事情変更の原則(1)
事情変更の原則(2)
毒入りアラレ事件
前借金無効判決


催告書の到達を認めた事例
94条2項の第三者の範囲(転得者も第三者に含まれるとした事例)
94条2項と対抗関係

 胎児の権利能力(阪神電鉄事件) 
 制限能力者の詐術

 法人格否認の法理 
権利能力のない社団の取引上の債務と社団構成員の責任

位置指定道路の通行妨害と妨害排除請求権


要素の錯誤
動機の錯誤
錯誤無効の主張(第三者が錯誤無効を主張することは許されないとされた事例)
錯誤無効の主張(第三者が錯誤無効を主張することが許される場合)


 物(集合物)
 物(従物とされた例)  

 損害賠償(公務員に対する安全配慮義務) 

 遺産分割協議と債権者(詐害行為)取消権
 連帯債務の相続
 差押と相殺 
 無権代理人が本人を共同相続した事例 
 本人の無権代理人相続(本人が無権代理人を相続した場合における無権代理人行為の効力) 
 本人の無権代理人相続(民法一一七条と無権代理人を相続した本人の責任) 
代理権授与の表見代理(白紙委任状の交付)
権限踰越による表見代理(基本代理権がないとされた例)
権限踰越による表見代理(権限ありと信ずべき正当の理由があるとされた例)
代理権の濫用(1)

自己の物の時効取得
時効完成後の債務承認
時効期間の起算点



 契約の解釈と信義誠実の原則

◆昭和32年07月05日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和30(オ)850 所有権移転登記抹消請求 民集第11巻7号1193頁

【判示事項】
契約の解釈と信義誠実の原則

【裁判要旨】
信義誠実の原則は、単に権利の行使、義務の履行についてのみならず、契約の趣旨の解釈についてもその基準となる。


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 権利の濫用(宇奈月温泉事件)

◆事件名:  妨害排除請求事件
事件番号:  昭和9年(オ)第2644号
裁判年月日:大審院昭和10年10月5日第3民事部判決(最高裁判所民事判例集14巻1965頁)
【参照法令】  民法第1条第3項
【要旨】
・・・所有権ニ対スル侵害又ハ其ノ危険ノ存スル以上所有者ハ斯ル状態ヲ除去又ハ禁止セシムル為メ裁判上ノ保護ヲ請求シ得ヘキヤ勿論ナレトモ該侵害ニ因ル損失云フニ足ラス而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得トスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合ニ於テ第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ不当ナル利益ヲ図リ殊更侵害ニ関係アル物件ヲ買収セル上一面ニ於テ侵害者ニ対シ侵害状態ノ除去ヲ迫リ他面ニ於テハ該物件其ノ他ノ自己所有物件ヲ不相当ニ巨額ナル代金ヲ以テ買取ラレタキ旨ノ要求ヲ提示シ他ノ一切ノ協調ニ応セスト主張スルカ如キニ於テハ該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス即チ如上ノ行為ハ全体ニ於テ専ラ不当ナル利益ノ掴得ヲ目的トシ所有権ヲ以テ其ノ具ニ供スルニ帰スルモノナレハ社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ機能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス従テ斯ル不当ナル目的ヲ追行スルノ手段トシテ裁判上侵害者ニ対シ当該侵害状態ノ除去並将来ニ於ケル侵害ノ禁止ヲ訴求スルニ於テハ該訴訟上ノ請求ハ外観ノ如何ニ拘ラス其ノ実体ニ於テハ保護ヲ与フヘキ正当ナル利益ヲ欠如スルヲ以テ此ノ理由ニ依リ直ニ之ヲ棄却スヘキモノト解スルヲ至当トス



【解説】
民法の基本原則である「権利濫用の禁止」に関する古典的な判例である。「権利濫用の禁止」原則とは、権利の行使であっても、その目的が不当なもので、社会的妥当性を欠く場合には、権利の行使とは認められないというものである。

【事件の概要】
富山県黒部川上流にある宇奈月温泉は、上流から木管で湯を引いて営業していたところ、全長約7キロのうち6メートルほどがAの土地を利用権の設定等受けずに通過していた。なお、同地は黒部川に沿った急斜面の荒地で利用価値もなかった。ところがこれに目をつけた原告XがAからこの土地を譲り受け、隣接するXの土地約3000坪を合わせて時価の数十倍の価格で買い取るようにY(被告)に要求した。Yが拒絶すると、Xは土地所有権にもとづく妨害排除の訴えにより引湯管の撤去を求めた。これに対して大審院は、Xの請求が権利の濫用であるとして請求を棄却した。


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 権利の濫用(信玄公旗掛松事件)

◆大判大正8年3月3日民録25・356
【参照法令】  民法第1条第3項
【要旨】
権利の行使が社会観念上被害者において認容することができないものと一般に認められる程度を超えたときは権利行使の適当な範囲にあるものとはいえず不法行為となる。


・・・権利ノ行使ト雖モ法律ニ於テ認メラレタル適当ノ範囲内ニ於テ之ヲ為スコトヲ要スルモノナレハ権利ヲ行使スル場合ニ於テ故意又ハ過失ニ因リ其適当ナル範囲ヲ超越シ失当ナル方法ヲ行ヒタルカ為メ他人ノ権利ヲ侵害シタルトキハ侵害ノ程度ニ於テ不法行為成立スルコトハ当院判例ノ認ムル所ナリ


【解説】
名将武田信玄がかつて旗を立てかけたという個人所有の由緒ある松が、近くを通る蒸気機関車の煤煙と振動によって枯死した事件で、鉄道事業という公共性の高い業務行為であっても不法行為に当たり損害賠償の責めを負うとされた事例。


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 権利失効の原則

◆昭和30年11月22日 最高裁判所第三小法廷判決 昭和28(オ)1368 仮処分異議 民集第9巻12号1781頁

【判示事項】
二 解除が許されないと解すべき一事由およびこれに該当しないと認められた一事例。

【裁判要旨】
二 解除権を有する者が久しきに亘りこれを行使せじ、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右解除は許されないと解するのが相当であるが、原審認定の事実関係の下における解除権の行使は、未だ右の場合に該当するものと認めることはできない。

【参照法条】
民法177条,民法1条2項,民法540条1項,民法612条,立木ニ関する法律1条,立木ニ関する法律2条

権利の行使は、信義誠実にこれをなすことを要し、その濫用の許されないことはいうまでもないので、解除権を有するものが、久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、もはや右解除は許されないものと解するのを相当とする。


【解説】
「権利失効の法理」
権利者が長らく権利の行使を行わないでいるような場合、相手方に「もはや権利の行使はない」という期待が生じるが、このような場合に、相手方の期待を裏切って権利を行使することは信義則に反し許されないとする法理である。この「権利失効の法理」の趣旨を認めたものが上記判例である。
ただし、本件では「・・・一切の事実関係を考慮すると、いまだ相手方たる上告人において右解除権がもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有し、本件解除権の行使が信義誠実に反するものと認むべき特段の事由があつたとは認めることができない。」として上告を棄却している。


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 事情変更の原則(1)

◆判例 H09.07.01 第三小法廷・判決 平成8(オ)255 ゴルフクラブ会員権等存在確認(民集第51巻6号2452頁)

【判示事項】
一 事情変更の原則と契約締結時の当事者の予見可能性及び帰責事由
【要旨】
一 事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、契約締結時の当事者にとって予見することができず、かつ、右当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要である。
【参照・法条】
  民法1条2項,民法第3編第2章契約

事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。

【事情変更の原則】
契約は一度締結したら、当事者は、その内容に拘束され守らなければならないのが当然であるが、契約当時の社会事情等が大きな変動が生じてしまい(たとえば、天災事変などで超インフレが生じたなど)、契約内容をそのまま履行することが真に公平に反すると考えられるような場合、その契約を破棄、または、内容を変更することができるという考え方をいう。
ただし、上記判決にあるように、事情変更の原則は例外的なもので、裁判でも認められることはまれである。


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 事情変更の原則(2)

◆昭和29年02月12日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和27(オ)751 請求に関する異議 民集第8巻2号448頁

【判示事項】
事情変更による契約解除権を認むべき標準

【裁判要旨】
いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除権を認めるがためには、事情の変更が、信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要し、右の事情の変更は客観的に観察されなければならない

【参照法条】
民法540条


いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならないことは所論のとおりであるけれども、本件において契約締結の当時と原審口頭弁論終結の時との間に戦災等のため、原審認定のような、住宅事情の相違があるからといつて、本件和解につき直ちに上告人の解除權を容認しなければならない信義衡平上の必要があるものとはみとめられない。従つて右事情変更による上告人の契約解除權を否定した原判決は正当であり、論旨はその各点につき仔細に判断するまでもなく採用に値しない。


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 毒入りアラレ事件

◆昭和39年01月23日 最高裁判所第一小法廷・判決 昭和36(オ)30 為替手形金請求(民集第18巻1号37頁)

【判示事項】
有毒性物質である硼砂を混入して製造したアラレ菓子の販売契約が民法第九〇条により無効とされた事例。
【裁判要旨】
アラレ菓子の製造販売業者が硼砂の有毒性物質であることを知り、これを混入して製造したアラレ菓子の販売を食品衛生法が禁止していることを知りながら、あえてこれを製造のうえ、その販売業者に継続的に売り渡す契約は、民法第九〇条により無効である。
【参照法条】
民法90条,食品衛生法4条2号,食品衛生法30条


事実は次のとおりである。すなわち、被上告人は判示(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各為替手形各一通額面金額計四三万五五二一円を振出し、上告人は右各手形につき引受をなしたものであるが、右各手形は被上告人から上告人に対し昭和三二年一〇月頃から同三三年二月までの間に売渡したアラレ菓子の右同額の代金の支払のため上告人において引受けたものであること、そして右アラレ菓子には食品衛生法に禁止されている硼砂が混入していた こと、元来被上告人は昭和三一年四月頃から澱粉アラレの製造販売を営み、同三二年一月頃から上告人との間に取引を開始したものであるところ、これに硼砂を使用することの有害なることを当初は知らなかつたが、同年一〇月末頃新聞紙上で硼砂を使用したアラレの製造が食品衛生法により禁止されていることを知りこれを使用しないでアラレを製造する方法の研究を始めるとともに、上告人に対し当分アラレの売却を中止したい旨連絡したところ、上告人は「今はアラレの売れる時期だからどんどん送つて貰いたい、自分も保健所に出入りしているが、こちらの保健所ではそんなことは何も云つておらぬ、君には迷惑をかけぬからどんどん送つてほしい」旨申向け送品の継続を強く要請し、その結果本件の取引が行われたというのである。
思うに、有毒性物質である硼砂の混入したアラレを販売すれば、食品衛生法四条二号に抵触し、処罰を免れないことは多弁を要しないところであるが、その理由だけで、右アラレの販売は民法九〇条に反し無効のものとなるものではない。しかしながら、前示のように、アラレの製造販売を業とする者が硼砂の有毒性物質であり、これを混入したアラレを販売することが食品衛生法の禁止しているものであることを知りながら、敢えてこれを製造の上、同じ販売業者である者の要請に応じて売り渡し、その取引を継続したという場合には、一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから、そのような取引は民法九〇条に抵触し無効のものと解するを相当とする。然らば、すなわち、上告人は前示アラレの売買取引に基づく代金支払の義務なき筋合なれば、その代金支払の為めに引受けた前示各為替手形金もこれを支払うの要なく、従つて、これが支払を命じた第一審判決及びこれを是認した原判決は失当と云わざるを得ず、論旨は理由あるに帰する。


【参考判例】
食肉販売の営業許可を受けない者のした食肉買入契約の効力
独占禁止法違反の契約の効力


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 前借金無効判決

◆昭和30年10月07日 最高裁判所第二小法廷・判決 昭和28(オ)622 預金返還請求 民集第9巻11号1616頁
【判示事項】
酌婦としての稼働契約に伴い消費賃借名義で交付された金員の返還請求の許容。
【裁判要旨】
酌婦としての稼働契約が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費賃借名義で交付された金員の返還請求は許されない。
【参照法条】
民法90条,民法708条


原審認定の事実によれば、上告人Aは、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等先代Bから金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人Cは、右債務につき連帯保証をしたが、その弁済については、特にAの娘DがB方に住み込んだ上、同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてDのうべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記Dは当時いまだ一六才にも達しない少女であつたが、同人はその後B方で約旨に基き昭和二六年五月頃まで酌婦として稼働したに拘らず、Dの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、上告人Aの受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたというのである。そして原審は、右事実に基き、Dの酌婦としての稼働契約及び消費貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、その無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じたのであつて、以上のうちDが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかしながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人Aは、その娘Dに酌婦稼業をさせる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、被上告人先代もDの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人Aの右金員受領とDの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする。大審院大正七年一〇月二日(民録二五輯一九五頁)及び大正一〇年九月二九日(民録二七輯一七七四頁)の判例は、いずれも当裁判所の採用しないところである。従つて本件のいわゆる消費貸借及び上告人Cのなした連帯保証契約はともに無効であり、そして以上の契約において不法の原因が受益者すなわち上告人等についてのみ存したものということはできないから、被上告人は民法七〇八条本文により、交付した金員の返還を求めることはできないものといわなければならない。原判決は法律の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。


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 催告書の到達を認めた事例

◆昭和36年04月20日 最高裁判所第一小法廷判決 昭和33(オ)315 建物収去土地明渡請求   民集第15巻4号774頁

【判示事項】
催告書の到達を認めた事例

【裁判要旨】
会社に対する催告書が使者によつて持参された時、たまたま会社事務室に代表取締役の娘が居合せ、代表取締役の机の上の印を使用して使者の持参した送達簿に捺印の上、右催告書を右机の抽斗に入れておいたという場合には、同人に右催告書を受領する権限がなく、また同人が社員に右の旨を告げなかつたとしても、催 告書の到達があつたものと解すべきである。

【参照法条】
民法97条


上告会社の使用人であるAは、昭和二六年九月二七日被上告人浪速自動車工業株式会社の事務室において同会社の代表取締役であつたBの娘Cに対し、甲第二号証の一(本件係争延滞賃料の支払催告書)を交付したが、右Bは浪速自動車を退社する考えで自己の本業である映画撮影関係の仕事を捜していたため、同年八月頃から浪速自動車に出社せず、右九月二七日当時も同様であつたこと、Cは、Aが前記甲第二号証の一の催告書を持参した際たまたま浪速自動車に遊びに来ており、Aから差出された右催告書を通常の請求書と思い、浪速自動車の使用人でもなく、またBから命じられてもいないのに、Aの持参した送達簿に欠勤中のBの机上に在つた同人の印を勝手に押して受け取り、浪速自動車の社員に告げることもなく、右机の抽斗に入れておいたこと、次いで、同年一〇月五日上告会社から契約解除の書面が来り、初めて社員等において右催告書の来ていることを知了したものであること、これらの事実から見れば、右催告書はこれを受取る何らの権限のないCに交付されたものであつて、いまだ右会社がこれを了知することのできる状態におかれたものと言うことはできず、契約解除の意思表示がなされるまでこれを了知しなかつたことが明らかであるから、右催告は契約解除の前提としての効力がなかつたものであるというのである。

しかしながら、思うに、隔地者間の意思表示に準ずべき右催告は民法九七条により浪速自動車に到達することによつてその効力を生ずべき筋合のものであり、ここに到達とは右会社の代表取締役であつたBないしは同人から受領の権限を付与されていた者によつて受領され或は了知されることを要するの謂ではなく、それらの者にとつて了知可能の状態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足るものと解すべきところ(昭和六年二月一四日、同九年一一月二六日、同一元年二月一四日、同一七年一一月二八日の各大審院判決参照)、前示原判決の確定した事実によれば、浪速自動車の事務室においてその代表取締役であつたBの娘であるCに手交され且つ同人においてAの持参した送達簿にBの机の上に在つた同人の印を押して受取り、これを右机の抽斗に入れておいたというのであるから、この事態の推移にかんがみれば、Cはたまたま右事務室に居合わせた者で、右催告書を受領する権限もなく、その内容も知らず且つ浪速自動車の社員らに何ら告げることがなかつたとしても、右催告書はBの勢力範囲に入つたもの、すなわち同人の了知可能の状態におかれたものと認めていささかも妨げなく、従つてこのような場合こそは民法九七条にいう到達があつたものと解するを相当とする。


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 94条2項の第三者の範囲(転得者も第三者に含まれるとした事例)

◆昭和45年07月24日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和40(オ)204 所有権確認等請求  民集第24巻7号1116頁

【判示事項】
不動産の所有者が他人名義を使用して不実の登記を経由した場合における民法九四条二項の類推適用二、民法九四条二項にいう善意の第三

【裁判要旨】
一、不動産の所有者甲が、乙にその所有権を移転する意思がないのに、乙名義を使用して他からの所有権移転登記を受けたときは、右登記について乙の承諾がない場合においても、民法九四条二項を類推適用して、甲は、乙が不動産の所有権を取得しなかつたことをもつて、善意の第三者に対抗することができないものと解すべきである。

二、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい、甲乙間における虚偽表示の相手方乙との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた丙が悪意の場合でも、丙からの転得者丁が善意であるときは、丁は同条項にいう善意の第三者にあたる

【参照法条】
民法94条2項

民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である


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 94条2項と対抗関係

◆昭和44年5月27日 最高裁判所第三小法廷判決 昭和42(オ)99 土地所有権移転登記手続請求 民集第23巻6号998頁

【判示事項】
甲が乙の承諾のもとに乙名義で不動産を競落し丙が善意で乙からこれを譲り受けた場合に甲は丙に対して登記の欠缺を主張することができるか

【裁判要旨】
甲が乙の承諾のもとに乙名義で不動産を競落し、丙が善意で乙からこれを譲り受けた場合においては、甲は、丙に対して、登記の欠缺を主張して右不動産の所有権の取得を否定することはできない。

【参照法条】
民法94条2項,民法177条


民法九四条が、その一項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら、その二項において右無効をもつて善意の第三者に対抗することができない旨規定しているゆえんは、外形を信頼した者の権利を保護し、もつて、取引の安全をはかることにあるから、この目的のためにかような外形を作り出した仮装行為者自身が、一般の取引における当事者に比して不利益を被ることのあるのは、当然の結果といわなければならない。したがつて、いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かような外形を除去しない間に、善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。この理は、本件の如く、民法九四条二項を類推適用すべき場合においても同様であつて、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人らは、被上告人Cが本件不動産について所有権取得登記を経由していないことを理由として、同人らのこれに対する所有権の取得を否定することはできないものというべきである。

【解説】
AとBとが通謀虚偽表示によりAの所有する土地をB名義としたところ、善意無過失のCがBよりその土地を購入し、引渡しを受けたが登記を移していなかった。その後、AがAB間の売買を虚偽表示であったとしてBのところにあった登記を自分のところに戻すと共に、Cに対し土地の明け渡しを請求してきた。このような事例において、AとCは対抗関係に立つか(つまり、登記の先後で決まるのか)という問題である。
「94条2項の趣旨は、Cとの関係ではAB間の売買が有効になされたものとして扱うということであるから、所有権はA→B→Cと有効に移転したことになる。したがってAとCとの関係は売主の前主と買主との関係であり、二重譲渡のような対抗関係には立たない。したがってCはAに対して完全な所有権を主張できることになり、登記の移転を請求できることになる。つまり、Cが94条2項の第3者として保護されるために登記は不要となる」(内田「民法T・第3版」59頁)


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 胎児の権利能力(阪神電鉄事件)

◆事件番号:昭和6年(オ)第2771号
裁判年月日:大審院昭和7年十月6日第1民事部判決(最高裁判所民事判例集11巻2023頁)
【要旨】
・・・ 民法ハ胎児ハ損害賠償請求権ニ付キ既ニ生レタルモノト看做シタルモ右ハ胎児カ不法行為ノアリタル後生キテ生レタル場合ニ不法行為ニ因ル損害賠償請求権ノ取得ニ付キテハ出生ノ時ニ遡リテ権利能力アリタルモノト看做サルヘシト云フニ止マリ胎児ニ対シ此ノ請求権ヲ出生前ニ於テ処分シ得ヘキ能力ヲ与ヘントスルノ主旨ニアラサルノミナラス仮令此ノ如キ能力ヲ有シタルモノトスルモ我民法上出生以前ニ其ノ処分行為ヲ代行スヘキ機関ニ関スル規定ナキヲ以テ前示鉄蔵ノ交渉ハ之ヲ以テ寿雄ヲ代理シテ為シタル有効ナル処分ト認ムルニ由ナク又仮ニ原判決ノ趣旨ニシテ鉄蔵カ親族ノ重子等ヲ代理シ又ハ自ラ将来出生スヘキ寿雄ノ為ニ叙上ノ和解契約ヲ為シタルコトヲ認メタルニアリト解スルモ被上告人ハ寿雄ノ出生後同人ノ為ニ鉄蔵ノ為シタル処置ニ付キ寿雄ニ於テ契約ノ利益ヲ享受スル意思ノ表示セラレタル事実ヲ主張セス原審モ亦此ノ如キ事実ヲ認定セサリシモノナルヲ以テ鉄蔵ノ為シタル前記和解契約ハ上告人寿雄ニ対シテハ何等ノ効力ナキモノト云ハサルヘカラス


【解説】
自然人の権利能力は出生に始まる(1条ノ3)とされるが、これでは胎児に関して不都合が生じることがある。この為、民法は胎児に関しては、@不法行為による損害賠償請求権A相続B遺贈に関しては既に生まれたものとみなしている。ただし、胎児の権利能力に関しては、生きて生まれることを停止条件として権利能力を胎児の時点に遡って認める停止条件説と、死産を解除条件として胎児の時点で権利能力を認める解除条件説の二説がある。停止条件説が判例(上記)である。
よって、停止条件説においては上記判例の通り、胎児の間に代理人は認められないこととなり、従って、代理人が胎児のためになした損害賠償の和解は胎児を拘束しないということになる。


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 制限能力者の詐術

◆判例 S44.02.13 第一小法廷・判決 昭和42(オ)607 土地所有権移転登記抹消登記手続請求(民集第23巻2号291頁)
【判示事項】
無能力者であることを黙秘することと民法二〇条にいう「詐術」
【要旨】
無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない。
【参照・法条】
  民法20条


・・・思うに、民法二〇条にいう「詐術ヲ用ヰタルトキ」とは、無能力者が能力者であることを誤信させるために、相手方に対し積極的術策を用いた場合にかぎるものではなく、無能力者が、ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合をも包含すると解すべきである。したがつて、無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが、無能力者の他の言動などと相俟つて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、なお詐術に当たるというべきであるが、単に無能力者であることを黙秘していたことの一事をもつて、右にいう詐術に当たるとするのは相当ではない
 これを本件についてみるに、原判示によれば、Bは、所論のように、その所有にかかる農地に抵当権を設定して金員を借り受け、ついで、利息を支払わなかつたところから、本件土地の売買をするにいたつたのであり、同人は、その間終始自己が準禁治産者であることを黙秘していたというのであるが、原審の認定した右売買にいたるまでの経緯に照らせば、右黙秘の事実は、詐術に当たらないというべきである。それ故、Bが、本件売買契約に当たり、自己が能力者であることを信ぜしめるため詐術を用いたものと認めることはできないとした原審の認定判断は、相当として是認できる。


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 法人格否認の法理

◆判例 S44.02.27 第一小法廷・判決 昭和43(オ)877 建物明渡請求(民集第23巻2号511頁)
【判示事項】
一、法人格否認の法理
二、実質が個人企業と認められる株式会社における取引の効果の帰属
【要旨】
一、社団法人において、法人格がまつたくの形骸にすぎない場合またはそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、その法人格を否認することができる。
二、株式会社の実質がまつたく個人企業と認められる場合には、これと取引をした相手方は、会社名義でされた取引についても、これを背後にある実体たる個人の行為と認めて、その責任を追求することができ、また、個人名義でされた取引についても、商法五〇四条によらないで、直ちにこれを会社の行為と認めることができる。
【参照・法条】
  民法33条,商法52条,商法504条


およそ社団法人において法人とその構成員たる社員とが法律上別個の人格であることはいうまでもなく、このことは社員が一人である場合でも同様である。しかし、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであつて、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるものなのである。従つて、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生じるのである。そして、この点に関し、株式会社については、特に次の場合が考慮されなければならないのである。
 思うに、株式会社は準則主義によつて容易に設立され得、かつ、いわゆる一人会社すら可能であるため、株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であつて、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合を生じるのであつて、このような場合、これと取引する相手方としては、その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか判然しないことすら多く、相手方の保護を必要とするのである。ここにおいて次のことが認められる。すなわち、このような場合、会社という法的形態の背後に存在する実体たる個人に迫る必要を生じるときは、会社名義でなされた取引であつても、相手方は会社という法人格を否認して恰も法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することを得、そして、また、個人名義でなされた行為であつても、相手方は敢て商法五〇四条を俟つまでもなく、直ちにその行為を会社の行為であると認め得るのである。けだし、このように解しなければ、個人が株式会社形態を利用することによつて、いわれなく相手方の利益が害される虞があるからである。


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 権利能力のない社団の取引上の債務と社団構成員の責任

◆判例 S48.10.09 第三小法廷・判決 昭和45(オ)1038 売掛金等請求(民集第27巻9号1129頁)
【判示事項】
  権利能力のない社団の取引上の債務と社団構成員の責任
【要旨】
  権利能力のない社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、社団の構成員全員に一個の義務として総有的に帰属し、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し個人的債務ないし責任を負わない。
【参照・法条】
  民法33条,民法427条,民法675条,民訴法46条

 権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、その社団の構成員全員に、一個の義務として総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的債務ないし責任を負わないと解するのが、相当である


【解説】
「権利能力なき社団」とは、実質的には法人格のある団体と同じような活動をしているが、法人とはなっていない(権利能力がない)団体をいう。大学のサークルや親睦会などである。

法人になることができる団体は、公益を目的とする民法上の公益社団法人と、主に商法が定める営利を目的とする営利法人(会社)、その間にあって特別法によって法人とされる中間法人(農協・生協・労働組合など)であるが、そうすると、公益も営利も目的としない団体は特別法がない限り法人となることができなくなる。このような、学校の同窓会、町内会(※)、学会などを権利能力なき社団という。その他、法人格を取得することが面倒だというような理由で法人格を取得していない団体や、設立中の団体などがあげられる。

※なお、町内会に関しては、地方自治法第260条の2に、「地縁による団体」として実質的に一定の範囲内で権利能力を認める制度が設けられている。



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 位置指定道路の通行妨害と妨害排除請求権

◆平成9年12月18日 事件番号平成8(オ)1361 通行妨害排除 第一小法廷・判決 民集第51巻10号4241頁


【判示事項】 いわゆる位置指定道路の通行妨害と妨害排除請求権
【裁判要旨】 
建築基準法四二条一項五号の規定による位置の指定を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、右道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有する。

【参照法条】民法1条ノ2,民法198条,民法199条,建築基準法42条1項5号


 一 建築基準法四二条一項五号の規定による位置の指定(以下「道路位置指定」という。)を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、右道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである。

 けだし、道路位置指定を受け現実に開設されている道路を公衆が通行することができるのは、本来は道路位置指定に伴う反射的利益にすぎず、その通行が妨害された者であっても道路敷地所有者に対する妨害排除等の請求権を有しないのが原則であるが、生活の本拠と外部との交通は人間の基本的生活利益に属するものであって、これが阻害された場合の不利益には甚だしいものがあるから、外部との交通についての代替手段を欠くなどの理由により日常生活上不可欠なものとなった通行に関する利益は私法上も保護に値するというべきであり、他方、道路位置指定に伴い建築基準法上の建築制限などの規制を受けるに至った道路敷地所有者は、少なくとも道路の通行について日常生活上不可欠の利益を有する者がいる場合においては、右の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、右の者の通行を禁止ないし制限することについて保護に値する正当な利益を有するとはいえず、私法上の通行受忍義務を負うこととなってもやむを得ないものと考えられるからである。


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錯誤

 要素の錯誤

◆昭和33年06月14日 最第一小法定・判決 昭和32(オ)1171 商品代金請求 民集第12巻9号1492頁
【判示事項】
一 和解が要素の錯誤によつて無効とされた事例。
二 契約の要素に錯誤があつた場合と民法第五七〇条の適用の有無

【要旨】
一 仮差押の目的となつているジヤムが一定の品質を有することを前提として和解契約をなしたところ、右ジヤムが原判示の如き粗悪品であつたときは、右和解は要素に錯誤があるものとして無効であると解すべきである。
二 契約の要素に錯誤があつて無効であるときは、民法第五七〇条の瑕疵担保の規定の適用は排除される。

【参照法条】
民法696条,民法95条,民法570条



原判決の適法に確定したところによれば、本件和解は、本件請求金額六二万九七七七円五〇銭の支払義務あるか否かが争の目的であつて、当事者である原告(被控訴人、被上告人)、被告(控訴人、上告人)が原判示のごとく互に譲歩をして右争を止めるため仮差押にかかる本件ジャムを市場で一般に通用している特選金菊印苺ジャムであることを前提とし、これを一箱当り三千円(一罐平均六二円五〇銭相当)と見込んで控訴人から被控訴人に代物弁済として引渡すことを約したものであるところ、本件ジャムは、原判示のごとき粗悪品であつたから、本件和解に関与した被控訴会社の訴訟代理人の意思表示にはその重要な部分に錯誤があつたというのであるから、原判決には所論のごとき法令の解釈に誤りがあるとは認められない。

原判決は、本件代物弁済の目的物である金菊印苺ジャムに所論のごとき暇疵があつたが故に契約の要素に錯誤を来しているとの趣旨を判示しているのであり、このような場合には、民法瑕疵担保の規定は排除されるのである・・・

原判決は、本件和解は要素の錯誤により無効である旨判示しているから、所論のごとき実質的確定力を有しないこと論をまたない。


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 動機の錯誤

◆昭和29年11月26日 最第二小法廷・判決 昭和27(オ)938 売買代金返還請求 民集第8巻11号2087頁
【判示事項】 
動機の錯誤と民法第九五条。
【要旨】 
意思表示の動機に錯誤があつても、その動機が相手方に表示されなかつたときは、法律行為の要素に錯誤があつたものとはいえない
【参照法条】
民法95条


意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないのと解するを相当とする。

【解説】
錯誤無効とされるには(1)「法律行為の要素」に錯誤があり(2)表意者に重大な過失がないこと、が要件とされる。この「要素」とは、重要な部分という意味であり、錯誤がなければ意思表示をしなかったであろう(例えば、錯誤に陥ってなければ一般人において「買う」という意思表示をしなかった)というものである。この要素に錯誤があれば契約は無効となる。一方、「動機の錯誤」(よく挙げられる例としては、駅前が再開発されるという噂を信じて地価が上がると思い土地を買ったところが、噂は事実無根であったような場合。)については原則として要素の錯誤とならず、ただ、機が表示された場合には要素の錯誤となりうるとされる。


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 錯誤無効の主張(第三者が錯誤無効を主張することは許されないとされた事例)

◆昭和40年09月10日 最第二小法廷・判決 昭和38(オ)1349 建物収去土地明渡請求 民集第19巻6号1512頁
【判示事項】
要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することは許されるか
【要旨】
表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない
【参照法条】
  民法95条


原判決は、民法九五条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから、表意者自身において、その意思表示に何らの瑕疵も認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず、第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは、原則として許されないと解すべきである、と判示している。
右原審の判断は、首肯できて、原審認定の事実関係のもとで上告人の所論抗弁を排斥した原審の判断に所論違法はない。


【解説】
錯誤による意思表示は無効となる。ただし、この無効主張については、95条の目的が表意者の保護にあることから、「表意者自身が意思表示の瑕疵を認めないで錯誤による無効を主張する意思がないのに、相手方や第三者が無効主張することは原則として許されない」とした事例である。
この原則に対する例外としての判例 最高裁第一小法廷・判決 民集第24巻3号151頁 も参照のこと。


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 錯誤無効の主張(第三者が錯誤無効を主張することが許される場合)

◆昭和45年03月26日 最高裁第一小法廷・判決 昭和43(オ)27 油絵代金返還請求  民集第24巻3号151頁
【判示事項】
要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することが許される場合
【要旨】
第三者が表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者がその意思表示の要素に関し錯誤のあることを認めているときは、表意者みずからは該意思表示の無効を主張する意思がなくても、右第三者は、右意思表示の無効を主張して、その結果生ずる表意者の債権を代位行使することが許される
【参照法条】
民法95条,民法423条


原審は、訴外Aは、上告人から本件油絵二点を買い受けるに際し、上告人に対しとくにそれが真作に間違いないものかどうかを確めたところ、上告人が真作であることを保証する言動を示したので、これを信じて買い受けたものであるが、右作品はいずれも贋作であつたとの事実を確定し、右事実関係に照らせば、右両者の間の売買契約においては本件油絵がいずれも真作であることを意思表示の要素としたものであつて、Aの意思表示の要素に錯誤があり、右売買契約は要素に錯誤があるものとして無効で、上告人はAに対して売買代金三八万円を返還すべき義務がある旨判断したうえ、さらにすすんで、被上告人においてAの右意思表示の無効を主張し、被上告人のAに対する売買代金返還請求権を保全するため、Aの上告人に対する右売買代金返還請求権を代位行使することを肯認しているのである。
 ところで、意思表示の要素の錯誤については、表意者自身において、その意思表示に瑕疵を認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないときは、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されないものである(最高裁判所昭和三八年(オ)第一三四九号同四〇年九月一〇日第二小法廷判決、民集一九巻六号一五一二頁参照)、当該第三者において表意者に対する債権を保全するため必要がある場合において表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者みずからは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、被上告人は、Aに対する売買代金返還請求権を保全するため、Aのした意思表示の錯誤による無効を主張し、Aの上告人に対する売買代金返還請求権を代位行使するものであつて、しかも、A自身においてもその意思表示に瑕疵があつたことを認めているのであるから、Aみずからが意思表示の無効を主張する意思を有すると否とにかかわらず、被上告人がAの意思表示の無効を主張することは許されるものというべきである。


【解説】
錯誤による意思表示は無効となるが、この無効主張については、表意者自身が意思表示の瑕疵を認めないで錯誤による無効を主張する意思がないのに、相手方や第三者が無効主張することは許されないのが原則である。ただし、この例外として、(1)債権の保全の必要性があり、(2)表意者自身も意思表示の瑕疵を認めている、という要件がある場合には、第三者からの無効主張も許されるとしたのが上記判決である。


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 物(集合物)

◆判例 S54.02.15 第一小法廷・判決 昭和53(オ)925 物件引渡(民集第33巻1号51頁)
【判示事項】構成部分の変動する集合動産と譲渡担保の目的
【要旨】
構成部分の変動する集合動産であつても、その種類所在場所及び量的範囲を指定するなどの方法により目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうる
【参照・法条】
  民法85条,民法369条


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 物(従物とされた例)

◆判例 S44.03.28 第二小法廷・判決 昭和43(オ)1250 強制執行の目的物に対する第三者異議(民集第23巻3号699頁)
【判示事項】宅地上の従物と抵当権の効力
【要旨】
  宅地に対する抵当権の効力は、特段の事情のないかぎり、抵当権設定当時右宅地の従物であつた石燈籠および庭石にも及び、抵当権の設定登記による対抗力は、右従物についても生ずる。
【参照・法条】
  民法87条,民法177条,民法370条


本件石灯籠および取り外しのできる庭石等は本件根抵当権の目的たる宅地の従物であり、本件植木および取り外しの困難な庭石等は右宅地の構成部分であるが、右従物は本件根抵当権設定当時右宅地の常用のためこれに付属せしめられていたものであることは、原判決の適法に認定、判断したところである。そして、本件宅地の根抵当権の効力は、右構成部分に及ぶことはもちろん、右従物にも及び(大判大正八年三月一五日、民緑二五輯四七三頁参照)、この場合右根抵当権は本件宅地に対する根抵当権設定登記をもつて、その構成部分たる右物件についてはもちろん、抵当権の効力から除外する等特段の事情のないかぎり、民法三七〇条により従物たる右物件についても対抗力を有するものと解するのが相当である。そうとすれば、被上告人は、根抵当権により、右物件等を独立の動産として抵当権の効力外に逸出するのを防止するため、右物件の譲渡または引渡を妨げる権利を有するから、執行債権者たる上告人に対し、右物件等についての強制執行の排除を求めることができるとした原判決(その引用する第一審判決を含む。)の判断は正当である。


【解説】
物の所有者がその物の常用に供するためにこれに付属させた他の物を従物、従物を付属させる対象を主物という。例えば、鞄に対する鍵、刀に対しての鞘などである。「従物は主物の処分に従う」(87条2項)。
なお、ガソリンスタンドの店舗建物に対して、地下タンクや洗車機等も従物とされる。(最判平成2年4月19日 判時1354.80)


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 損害賠償(公務員に対する安全配慮義務)

◆判例 S50.02.25 第三小法廷・判決 昭和48(オ)383 損害賠償請求(民集第29巻2号143頁)
【判示事項】
一、国の国家公務員に対する安全配慮義務の有無
二、国の安全配慮義務違背を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権の消滅時効期間
【要旨】
一、国は、国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているものと解すべきである。
二、国の安全配慮義務違背を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は、一〇年と解すべきである。
【参照・法条】
  民法1条2項,民法167条1項,国家公務員法第3章第6節第3款第3目,会計法30条


所論は、要するに、被上告人(国)は、公務員に対し公務遂行のための場所、設備等を供給すべき場合には、公務員が公務に服する過程において、生命、健康に危険が生じないように注意し、物的及び人的環境を整備する義務を負つているというべきであり、本件事故は被上告人が右義務を懈怠したことによつて生じたものであるから、被上告人は右義務違背に基づく損害賠償義務を負つているものと解すべきである(とし、これを否定した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というものである。)
 思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法一〇一条一項前段、自衛隊法六〇条一項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法九八条一項、自衛隊法五六条、五七条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法六二条、防衛庁職員給与法四条以下等)を負うことを定めているが国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである

・・・・ 安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、・・・ 国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であり(る)

・・・そして、会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき五年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の五年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法三〇条所定の五年と解すべきではなく、民法一六七条一項により一〇年と解すべきである。


【解説】
自衛隊員が自衛隊の車両整備工場で作業中、同僚の運転する大型車両に轢かれて死亡した事件で、国に安全配慮義務違反による損害賠償義務はないとした原審を破棄差し戻した画期的判決とされるもの。
安全配慮義務とは、「特別な社会的接触の関係」に基づく信義則上の義務とされ、社会生活上の一般的な義務である不法行為法上の注意義務を超えるものとされ、同様の義務は自衛隊のような公務員にとどまらず、通常の雇用契約上の労災事故でも認められ、学校事故や売買契約など極めて広範囲で定着しつつある義務である(内田・民法III・122頁)。
本件のもう一点のポイントは、被害者側からの国への損害賠償請求が不法行為によるものではなく(不法行為の場合724条で損害及び加害者を知ったときから3年の消滅時効にかかり、本件では時効消滅により請求が不可能となっていた)契約責任(債務不履行)によるものであり、国に対する金銭債権であるから会計法30条で5年の消滅時効となるところを判決では否定し、167条1項の債権の消滅時効の10年とした点である。


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 遺産分割協議と債権者(詐害行為)取消権

◆判例 H11.06.11 第二小法廷・判決 平成10(オ)1077 貸金及び詐害行為取消請求事件(民集第53巻5号898頁)
【判示事項】遺産分割協議と詐害行為取消権
【要旨】
  共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となる。
【参照・法条】
  民法424条,民法907条1項


共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。


相続放棄は債権者取消権の対象とはならない(最判昭和49年9月20日・民集28.6.1202)


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 連帯債務の相続

◆判例  昭和34年6月19日 第二小法廷・判決 昭和32年(オ)第477号 貸金請求事件(民集第13巻6号757頁)
【判示事項】連帯債務の相続
【要旨】
連帯債務の相続人が数人ある場合には、各共同相続人らは、被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となると解するのが相当である。
【参照・法条】
民法427条・432条・899条


連帯債務は、数人の債務者が同一内容の給付につき各独立に全部の給付をなすべき債務を負担しているのであり、各債務は債権の確保及び満足という共同の目的を達する手段として相互に関連結合しているが、なお、可分なること通常の金銭債務と同様である。ところで、債務者が死亡し、相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべきであるから、連帯債務者の一人が死亡した場合においても、その相続人らは、被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となると解するのが相当である。


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 差押と相殺

◆判例 昭和45年6月24日大法廷判決 昭和39年(オ)第155号 定期預金等請求事件(民集第24巻6号587頁)
【判示事項】差押が第三債務者の相殺権に及ぼす効力について
【要旨】
第三債務者はその債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきである
【参照・法条】
民法511条/国税徴収法67条/民事執行法145条


相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権については確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものである。相殺制度のこの目的および機能は、現在の経済社会において取引の助長にも役立つものであるから、この制度によつて保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきものであつて、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、明文の根拠なくして、たやすくこれを否定すべきものではない。
・・・ すなわち、差押は、債務者の行為に関係のない客観的事実または第三債務者のみの行為により、その債権が消滅しまたはその内容が変更されることを妨げる効力を有しないのであつて、第三債務者がその一方的意思表示をもつてする相殺権の行使も、相手方の自己に対する債権が差押を受けたという一事によつて、当然に禁止されるべきいわれはないというべきである。
もつとも、民法五一一条は、一方において、債権を差し押えた債権者の利益をも考慮し第三債務者が差押に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗しえない旨を規定している。しかしながら、同条の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者はその債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、これと異なる論旨は採用することができない。

※ただし、当判決は、15人の裁判官の間で、8対7の僅差


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無権代理

 無権代理人が本人を共同相続した事例

◆最高裁平成5年1月21日第1小法廷判決 昭和63年(オ)第1733号 貸金請求事件(民集47巻1号265頁)

【要旨】
無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為の追認は、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではない。
【参照・法令】 民法113条/民法896条


無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。


【解説】
無権代理人が他の相続人と共同相続した場合の追認権に関する判例である。
似たケースで、無権代理人が単独相続した場合については、代理行為が有効となるとされる。
「本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたった場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当」(最判昭和40.6.18民集19.4.986)
「自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから無権代理行為は相続と共に当然有効となる」(最判昭和37.4.20民集16.4.955)


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 本人の無権代理人相続

◆判例 S37.04.20 第二小法廷・判決 昭和35(オ)3 土地引渡所有権移転登記手続等請求(第民集16巻4号955頁)
【判示事項】
  本人が無権代理人を相続した場合における無権代理人行為の効力。
【要旨】
  本人が無権代理人の家督を相続した場合、被相続人の無権代理行為は、右相続により当然には有効となるものではない。
【参照・法条】
  民法113条,民法117条


無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。

【解説】
本人が無権代理人を相続した場合の無権代理行為の効果についての判例である。争点は、相続により本人は追認ができなくなるのかという点にあるが、当判例では「本人が無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではない」とした。
では、本人の無権代理人の責任の承継についてはどうか?「無権代理人を相続した本人は、無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担していたときには、無権代理行為について追認を拒絶できる地位にあつたことを理由として、右債務を免れることができない。」(判例 S48.07.03 第三小法廷・判決 昭和46(オ)138民集第27巻7号751頁)としている。


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 本人の無権代理人相続

◆判例 S48.07.03 第三小法廷・判決 昭和46(オ)138 貸金請求(民集第27巻7号751頁)
【判示事項】
  民法一一七条と無権代理人を相続した本人の責任
【要旨】
  無権代理人を相続した本人は、無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担していたときには、無権代理行為について追認を拒絶できる地位にあつたことを理由として、右債務を免れることができない。
【参照・法条】
  民法113条,民法117条,民法896条


民法一一七条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであつて、このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから、本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり、本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあつたからといつて右債務を免れることはできないと解すべきである。まして、無権代理人を相続した共同相続人のうちの一人が本人であるからといつて、本人以外の相続人が無権代理人の債務を相続しないとか債務を免れうると解すべき理由はない。
・・・なお、所論引用の判例(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁)は、本人が無権代理人を相続した場合、無権代理行為が当然に有効となるものではない旨判示したにとどまり、無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担している場合における無権代理人を相続した本人の責任に触れるものではないから、前記判示は右判例と抵触するものではない。


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 代理権授与の表見代理(白紙委任状の交付)

◆昭和42年11月10日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和42(オ)264 請求異議、貸金請求 民集第21巻9号2417頁

【判示事項】
白紙委任状および印鑑証明書などが交付された場合に民法第一〇九条の適用が認められた事例
【裁判要旨】
甲が、乙の消費貸借債務を保証するため、丙またはその委任する第三者に右保証契約締結の代理権を与える目的で、自己の白紙委任状および印鑑証明書などを丙に交付した場合において、乙が丙から右白紙委任状などの交付を受けてこれを利用し、みずから甲の代理人として貸主と連帯保証契約を締結したときは、甲は民法第一〇九条にいう「第三者ニ対シテ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタル者」にあたる

【参照法条】
民法109条

上告人は訴外Aから、同人が訴外Bを通じて他から融資を得るについて保証して欲しい旨依頼されてこれを承諾したこと、そこで上告人は、右保証人となることなどについて、Bまたは同人の委任する第三者に代理権を与える目的で、自己の白紙委任状(内容が記載されていないもの。)および印鑑証明書などをBに交付したこと、しかし、右Bを通じての融資が不成功に終つたので、Aが、Bから右委任状などの返還を受け、被上告人との間に本件消費貸借契約を締結するにあたり、被上告人に対し右上告人の白紙委任状、印鑑証明書などを交付し、自ら上告人の代理人として本件連帯保証契約を締結したことを適法に確定しているのであり、右事実関係によれば、上告人は被上告人に対し、Aに右代理権を与えた旨を表示したものと解するのが相当である


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 権限踰越による表見代理(基本代理権がないとされた例)

◆昭和35年02月19日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和32(オ)303 貸金請求 民集第14巻2号250頁

【判示事項】
民法第一一〇条の基本代理権が認められないとされた事例。
【裁判要旨】
勧誘外交員を使用して一般人を勧誘し、金員の借入をしていた会社の勧誘員甲が、事実上長男乙をして一切の勧誘行為にあたらせて来たというだけでは、乙を甲の代理人として民法第一一〇条を適用することはできない。
【参照法条】
民法110条

民法一一〇条を適用し、上告人の保証契約上の責任を肯定するためには、先ず、上告人の長男Aが上告人を代理して少くともなんらかの法律行為をなす権限を有していたことを判示しなければならない。しかるに、原審がるる認定した事実のうち、Aの代理権に関する部分は、上告人は、勧誘外交員を使用して一般人を勧誘し金員の借入をしていた訴外株式会社東洋商工金融本社の勧誘員となつたが、その勧誘行為は健康上自らこれをなさず、事実上長男Aをして一切これに当らせて来たという点だけであるにかかわらず、原審は、Aの借入金勧誘行為はAが上告人から与えられた代理権限に基きこれをなしたものであることは明らかである旨判示しているのである。しかしながら、勧誘それ自体は、論旨の指摘するごとく、事実行為であつて法律行為ではないのであるから、他に特段の事由の認められないかぎり、右事実をもつて直ちにAが上告人を代理する権限を有していたものということはできない筋合であつて、原判決は法令の解釈を誤つたか又は審理不尽理由不備の違法があり、論旨は理由があるものといわなければならない。よつて、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すべく、民訴四〇七条一項に従い、主文のとおり判決する。


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 権限踰越による表見代理(権限ありと信ずべき正当の理由があるとされた例)

◆昭和35年10月18日 最高裁判所第三小法廷判決 昭和33(オ)117 貸金請求 民集第14巻12号2764頁

【判示事項】
実印の交付を受けた代理人につき民法第一一〇条の適用が認められた事例。
【裁判要旨】
一五万円を借り受けるにつき、連帯保証人となることを承諾した本人から実印の交付を受けた代理人が権限を越え四〇万円の借り受けにつき、本人を代理して連帯保証をした場合は、特別事情のない限り、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当理由がある
【参照法条】
民法110条

論旨は、被上告人らはいずれも訴外Aが上告人から金一五万円を借り受けるに際し連帯保証をすることを承諾し、同訴外人に被上告人らの実印を交付して上告人との間にその旨の保証契約をするにつき代理権を授与したものである。実印は日常の取引において重要視されるものであるから、第三者は実印を交付された代理人がその実印を使用して取引する場合には代理人にその取引をする権限があるものと信ずるのは当然であ。従つて、訴外Aが被上告人らに代わり、交付された実印により上告人との間に本件手形割引契約を結び、同訴外人の負担する債務につき保証する旨の契約をするに当つては、特段の事情の存しない限り、上告人において同訴外人にこのような保証契約をする権限があるものと信ずるのは当然であり、しかもこのように信ずるにつき過失はないのであるから、上告人には同訴外人に右保証契約をする権限があつたものと信ずべき正当の事由があつたものといわざるを得ないのである。

本人が他人に対し自己の実印を交付し、これを使用して或る行為をなすべき権限を与えた場合に、その他人が代理人として権限外の行為をしたとき、取引の相手方である第三者は、特別の事情のない限り、実印を託された代理人にその取引をする代理権があつたものと信ずるのは当然であり、かく信ずるについて過失があつたものということはできない。そして、かかる場合に右の第三者は、常に必ず本人の意思を確め、行為者の代理権の有無を明らかにしなければならないものと即断することもできない。


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 代理権の濫用(1)

◆昭和42年04月20日 最高裁判所第一小法廷判決 昭和39(オ)1025 売掛代金請求 民集第21巻3号697頁

【判示事項】
代理人の権限濫用の行為と民法第九三条
【裁判要旨】
代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理入の意図を知りまたは知りうべきであつた場合にかぎ、民法第九三条但書の規定を類推適用して、本人はその行為についての責に任じないと解するのが相当である。
【参照法条】
民法93条,民法99条

代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)、原判決が確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告会社に本件売買取引による代金支払の義務がないとした原判示は、正当として是認すべきである。したがつて、原判決に所論の違法はない。

民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三五年(オ)第九〇七号、同三七年一一月八日第一小法廷判決、民集一六巻一一号二二五五頁、同昭和三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁、なお大審院大正一五年一〇月一三日民刑連合部判決、民集五巻七八五頁参照)。したがつて、被用者がその権限を濫用して自己または他人の利益をはかつたような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙つた損害につき賠償の責を免れることをえないわけであるが、しかし、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知つていた場合には、使用者は右の責任を負わないものと解しなければならない。けだし、いわゆる「事業ノ執行ニ付キ」という意味を上述のように解する趣旨は、取引行為に関するかぎり、行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとするところに存するのであつて、たとえ被用者の行為が、その外形から観察して、その者の職務の範囲内に属するものと見られるからといつて、それが被用者の権限濫用行為であることを知つていた第三者に対してまでも使用者の責任を認めることは、右の趣旨を逸脱するものというほかないからである。したがつて、このような場合には、当該被用者の行為は事業の執行につきなされた行為には当たらないものと解すべきである。
 
本件につき原審の確定した事実によれば、前述のように、被上告会社製菓原料店主任Bは、同人らの利益をはかる目的をもつて、その主任としての権限を濫用し、被上告会社製菓原料店名義を用いて上告会社と取引をしたものであるが、上告会社支配人Aは、Bが右のようにその職務の執行としてなすものでないことを知りながら、あえてこれに応じて本件売買契約を締結したというのである。そうすれば、被上告会社が右契約により上告会社の蒙つた損害につき民法七一五条により使用者としての責任を負わないものと解すべきことは、前段の説示に照らして明らかである。
すなわち、本件売買取引による損害は、Bが被上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たらないと解すべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。


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 自己の物の時効取得

◆昭和42年07月21日 最高裁判所第二小法廷判決 昭和40(オ)1265 家屋明渡請求 民集第21巻6号1643頁

【判示事項】
所有権に基づいて不動産を占有する者と民法第一六二条の適用の有無

【裁判要旨】
所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法第一六二条の適用がある。

【参照法条】
民法162条


民法一六二条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和八年(オ)第二三〇一号同九年五月二八日判決、民集一三巻八五七頁参照)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法一六二条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。


【解説】
民法162条は取得時効の対象を「他人の物」としているが、ここで問題となるのが「自己の物」を時効取得できるかということである。
引き渡しをうけたものの移転登記を備えていなかった者が、その後、二重譲渡を受け登記を備えた者から所有権に基づく明渡請求を受けたところ、10年間の占有による時効取得を援用した事例で、最高裁判所は上記の通り「自己の物」でも時効取得できるとした。


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 時効完成後の債務承認

◆昭和41年04月20日 最高裁判所大法廷判決 昭和37(オ)1316 民集第20巻4号702頁

【判示事項】
一 消滅時効完成後に債務の承認をした場合において右承認はその時効の完成を知つてしたものと推定することの可否。
二 消滅時効完成後における債務の承認と当該時効援用の許否。

【裁判要旨】
一 消滅時効完成後に債務の承認をした場合において、そのことだけから、右承認はその時効が完成したことを知つてしたものであると推定することは許されないと解すべきである。
二 債務者が、消滅時効完成後に債権者に対し当該債務の承認をした場合には、時効完成の事実を知らなかつたときでも、その後その時効の援用をすることは許されないと解すべきである。

【参照法条】
民法146条


債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が商人の場合でも、消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認は時効が完成したことを知つてされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である。したがつて、右と見解を異にする当裁判所の判例(昭和三五年六月二三日言渡第一小法廷判決、民集一四巻八号一四九八頁参照)は、これを変更すべきものと認める。

・・・しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろらから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。そして、この見地に立ては、前記のように、上告人は本件債務について時効が完成したのちこれを承認したというのであるから、もはや右債務について右時効の援用をすることは許されないというわざるをえない。


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 時効期間の起算点

◆昭和35年07月27日 最高裁判所第一小法廷判決 昭和32(オ)344 土地所有権確認等請求 民集第14巻10号1871頁

【判示事項】
取得時効の時効期間の起算点。

【裁判要旨】
時効期間は、時効の基礎たる事実の開始された時を起算点として計算すべきもので、時効援用者において起算点を選択し、時効完成の時期を早めたり遅らせたりすることはできない

【参照法条】
民法144条,民法162条


元来時効の制度は、長期間継続した事実状態に法的価値を認め、これを正当なものとして、そのまま法律上の秩序たらしめることを期するものであつて、これにより社会生活における法的安定性を保持することを目的とする。従つて、時効制度の本来の性質からいえば、いわゆる起算日は常に暦日の上で確定していなければならないわけのものではなく、起算日を何時と定めるにしても、その時から法律の認めた一定期間を通じ同一の事実状態が継続し、いわゆる時効期間が経過した場合には、その事実に即して、遡って当初から権利の取得又は消滅があつたものとして取扱うことは、時効の当事者間にあつては、必ずしも不合理であるとはいえないであろう。しかし、時効による権利の取得の有無を考察するにあたつては、単に当事者間のみならず、第三者に対する関係も同時に考慮しなければならぬのであつて、この関係においては、結局当該不動産についていかなる時期に何人によつて登記がなされたかが問題となるのである。そして時効が完成しても、その登記がなければ、その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえない(民法一七七条)のに反し、第三者のなした登記後に時効が完成した場合においてはその第三者に対しては、登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうることとなると解すべきである。しからば、結局取得時効完成の時期を定めるにあたつては、取得時効の基礎たる事実が法律に定めた時効期間以上に継続した場合においても、必らず時効の基礎たる事実の開始した時を起算点として時効完成の時期を決定すべきものであつて、取得時効を援用する者において任意にその起算点を選択し、時効完成の時期を或いは早め或いは遅らせることはできないものと解すべきである。


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